芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、芸術と自律神経について。

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 今のようにあんまり病気をしない時期に、何となく体調が悪い頃がありました。検査をしても数値には出てこないので、病院の先生も「きっと自律神経失調症でしょう」で済んでしまって、漢方科の先生に紹介されたりしていたことがあったのです。でも天才の本など読むと、こういう病気にかかる天才は多く、なんとなく自分も天才の仲間入りになった気がして、マ、ええかと諦めてもいたことがありました。

 ケミカルの薬より漢方の薬の方がなんとなく安心して、漢方の先生の処方に従うようになりました。自律神経なんて僕には抽象的にしか聞こえなかったのです。「もう少し詳しく?」と説明していただくと、自律神経は交感神経と副交感神経の二つの神経の働きによるもので、交感神経は緊張状態時、副交感神経はリラックス状態時に活発になるらしい。この状態は絵を描く時と全く同じ。絵はこの二つの働きのバランスによってできます。この両者がどっちに傾いても困る。僕は何でも絵に置きかえて試すクセがあります。その方がよくわかるからです。

 だけど老齢と共に交感神経より副交感神経の働きが優位になるのか、あんまり興奮しなくなりました。若い頃は交感神経が活発に機能して、意欲や好奇心を促進させますが、加齢と共に、いつの間にか交感神経の働きが低下するのか、肉体的な働きがにぶくなってきて、自然に肉体が怠けてくれます。創作に置きかえると、ダラダラしますが、僕は逆にこのダラダラを利用して、ダラダラした絵を描いています。意志でダラダラアートを創造するのではなく自然に、ダラダラアートが描けてしまうのです。これを僕は肉体的ハンデキャップと呼んでいますが、これは意志に反した結果の表現で、無理に抵抗して若い時のような興奮したような絵に比べれば筋肉が脱落したような、なんとも説明し難い「枯れた」とは言えない、ある意味で頭ではなく肉体優先の老筆とでもいうか、何だか文人画のような絵になってくれます。時にはルールをはずしたというか、はずれた自然体の絵になってくれます。これを副交感絵画と呼んでもいいように思いますが、じゃ、これは誰が描いた絵だ、お前ではなく副交感神経そのものが描いた絵じゃないのか、と突っ込む人もいるかも知れませんが、絵は誰が描いても絵は絵だと僕は思っています。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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