渡辺明は20歳で竜王位を獲得して以来、現在までずっとトップクラスの一角を占め、タイトルを保持し続けてきた。王将位は通算5期(photo 写真部・東川哲也)
渡辺明は20歳で竜王位を獲得して以来、現在までずっとトップクラスの一角を占め、タイトルを保持し続けてきた。王将位は通算5期(photo 写真部・東川哲也)

 現在の将棋界の序列は、四冠の藤井が1位で、三冠の渡辺が2位。藤井は名実ともに将棋界の顔となった。竜王として藤井は、名人の渡辺とともに、アマチュア向けの段位免状にも署名する立場だ。タイトルが増えれば予選などは指さなくなる一方で、将棋界を代表する立場としての仕事は増える。ハードスケジュールに変わりはない。そうした状況の中で過去の大棋士たちはみな、実績を残してきた。

 藤井は冬場のタイトル戦には初登場となる。一方で渡辺は「冬将軍」とも呼ばれ、竜王戦、王将戦、棋王戦といった、年度後半でのタイトル戦で大きな実績をあげてきた。

 世論が相手ノリの状況の中で戦うこともまた、渡辺にとっては何度も経験してきたことだ。

(AERA 2022年1月3日-10日合併号より)
(AERA 2022年1月3日-10日合併号より)

■下馬評を裏切る実績

「私は下馬評を裏切るだろう」

 いまから15年前、竜王戦開幕を前に雑誌「将棋世界」(06年11月号)には、そう題された渡辺竜王(当時)のインタビュー記事が掲載された。佐藤康光棋聖(当時、52)が挑戦者になったら、という仮定で渡辺は次のように語っている。

「僕が勝つと思っている人はほとんどいないんじゃないですか。中立なファンの9割は、もし佐藤さんが来たら、佐藤さんが勝つと思っているでしょう」

 でも世論の通りにはならないのでしょう? インタビュアーの問いに渡辺は言った。

「ええ、そうはならないと思います」

 渡辺はそのあと佐藤を挑戦者に迎え、見事に防衛した。

 将棋界では過去に四冠と三冠がタイトル戦で対決した例はない。歴史的な大勝負で、渡辺はまたも下馬評を裏切ることができるだろうか。(ライター・松本博文)

AERA 2022年1月3日-1月10日合併号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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