「遊郭の鬼」の兄妹は、幼い頃から、厳しい現実をたった2人で生き抜かねばならなかった。思い出すのは、他人の冷たさ、実の親の不幸、社会の不条理だけだった。兄には妹が、妹には兄しかいなかった。彼らに「鬼化」の最後の一線を超えさせたのは、孤独と貧困から生まれた怒りだった。

■「怒り」に飲み込まれないために

 竈門兄妹が「怒り」に飲み込まれなかったのは、彼らには幸せな幼少期の思い出があったからだ。竈門兄妹は、けっして裕福ではなかったが、父母との思い出があり、少ないながらも食事ができ、温かい家があった。

 禰豆子の凶暴化をしずめたのは、優しい母の子守唄だった。兄が歌って思い出させてくれた。「禰豆子」と呼ぶ優しい声、両腕で包んでくれた母、あの時の母の笑顔が、禰豆子の心を「普通の女の子」に戻す。

 人は「怒り」を完全になくすことはできない。本来「怒り」の感情は、幸せの希求から生まれたはずなのだから。鬼の心の内にある「怒り」の描写は、彼らの「人間らしい弱さ」と、彼らの「孤独」だった人生をあらわしている。

 この怒りの意味を知っているからこそ、私たちは「鬼の悲哀」に思いをはせることができる。遊郭の鬼の結末を見届けたい。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が好評発売中。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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