弟の懸念のとおり、炭治郎も禰豆子も「怒り」で自分を見失いかける。市民を簡単に殺害した堕姫を見て、炭治郎は血涙を流すほど怒った。そして、怒りのままに技を連発し、肉体の限界を超えたことで意識を失ってしまう。

 そんな炭治郎の憤怒と逆境に触発され、禰豆子の「鬼化」がさらに進んでしまった。「怒り」はたくさんのものを喪失させる。

■「特別な鬼」禰豆子

 禰豆子の最大の特徴は、鬼でありながら「人間を捕食しない」ことだ。禰豆子は「特別な鬼」だった。鬼になった彼女が「人としての心」を留めていられるのは、兄の存在と、亡き家族との温かい思い出のおかげだった。

<頑張れ禰豆子 こらえろ 頑張ってくれ 鬼になんかなるな>(竈門炭治郎/1巻・第1話「残酷」)

 極度の飢餓感にとらわれながらも、禰豆子は兄の言葉に反応し、それをこらえた。そして、禰豆子は「人喰いの拒否」によって不足したエネルギーを「眠り」で補完するという、新しい能力を獲得する。竈門禰豆子という「新しい鬼の誕生」は、鬼の歴史の中で奇跡的な出来事だった。

 しかし、それでも禰豆子の体内には「鬼の血」が流れており、「鬼の欲望」と「人間の理性」との間で耐えている。このバランスを破壊してしまう「怒り」を制御しなくてはならない。

■鬼と「感情」「記憶」

鬼滅の刃』の世界では、ほとんどの鬼は、鬼の始祖である鬼舞辻無惨から血を与えられて誕生するのだが、「血」に適合した者だけが、鬼になれる。そして鬼化後に、強烈な飢餓感・暴力的な感情の支配・理性の喪失にみまわれる。

 鬼化は「血」という物理的、肉体的な変化なのだが、鬼固有の残虐行動に至るには、彼らの感情が大きく影響する。この「心」と「鬼の肉体」の相互関係が、『鬼滅の刃』という作品の面白さのひとつであることは間違いない。

 「怒り」が行き過ぎると人は「鬼」となる――このことが鬼滅の行間のいたるところに、にじんでいる。人間でも「怒り」を間違った方向に使うと、鬼のような所業に及んでしまう。禰豆子ほどの「特別な鬼」でさえ、「怒り」を制御できなくなると、残虐になり、人間を喰おうとする。

<禰豆子!! だめだ!! 耐えろ!!>(竈門炭治郎/10巻・第84話「大切なもの」)

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柱が教えてくれた「怒り」への向き合い方