■「柱」たちが教えてくれたこと

 だが『鬼滅の刃』は、単純に「怒り」を否定的に描いているわけではない。必要な「怒り」と、踏みとどまらねばならない「怒り」がある。

 水柱・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)は「許せないという 強く純粋な怒りは 手足を動かすための揺るぎない原動力になる」と考えていた。泣きながらうずくまりかけた炭治郎に、「怒り」を嘆きや恨みにすり替えるのではなく、自分を鼓舞するためのエネルギーに変える術を教えようとした。

 炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)は、「心を燃やせ 歯を喰いしばって前を向け」と炭治郎たちに語りかけた。彼は死の間際にあっても、敵を憎むことではなく、自らの心を奮い立たせることの重要さを炭治郎に教えた。心を燃やすことは、怒りに飲み込まれることではない。

 遊郭でともに戦う音柱・宇髄天元(うずい・てんげん)も、禰豆子が人を襲おうとした時に、炭治郎に対して「御館様の前で大見栄切ってたくせに 何だこのていたらくは」「妹をどうにかしろ」とハッパをかけながら、信じてくれた。

 憎しみを含む「激しい怒り」から、人を救ってくれるのは、誰かの優しい心だけだ。

■兄の心、竈門兄妹の場合

 炭治郎が鬼殺隊に入隊したのは、鬼になってしまった妹を「元の人間の姿」に戻してやるためだった。もし禰豆子が人を喰ってしまったら? 炭治郎は師・鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)とこんな約束を交わしている。

<妹が人を食った時やることは2つ 妹を殺す お前は腹を切って死ぬ>(鱗滝左近次/1巻・第3話「必ず戻る夜明けまでには」)

 妹が人間を傷つける「完全な鬼」になってしまったら、炭治郎は妹を殺し、自分も死ぬ。そんな覚悟をした。炭治郎のこの覚悟は、常に自分の死を前提にしている。自分も禰豆子も「人間でありつづける」ために、怒りに心を支配されてはならないことを学んでいく。

■兄の心、「遊郭の鬼」の兄妹の場合

 遊郭の鬼・堕姫にも、彼女を大切に思う「兄」がいる。人間時代、堕姫は周囲の大人の策謀によって死にかけたことがあった。この時、彼女の兄は「鬼になること」で妹を助けようとする。人を喰うことを受け入れ、他人を傷つけることもいとわない。堕姫の兄は「鬼として、妹とともに生きる。何があっても妹を生かす。」という、生き地獄を選んだ。

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堕姫と禰豆子の鬼としての“違い”