渡辺明は最後でわずかに競り負けたものの、底力を見せて名勝負を演じた。「冬将軍」の異名のとおり、ここから巻き返せるか(photo 代表撮影)
渡辺明は最後でわずかに競り負けたものの、底力を見せて名勝負を演じた。「冬将軍」の異名のとおり、ここから巻き返せるか(photo 代表撮影)

■互いの玉が盤上中央に

 終盤は勝敗不明で、まれにみる大熱戦。互いの玉が盤上中央にせり出して接近。大将同士が城を出て、戦場のまっただ中で相まみえる図となった。

「わからないままやっていました」(藤井)

「終盤はチャンスがあるかな、という感じで指してたんですが、ちょっと最後はわからなかったです」(渡辺)

 局後に詳細に敗因を探ってみれば、渡辺がセオリー通りに戦場から玉を遠ざけた手が、わずかにミスだったことがわかる。しかしそれをとらえた藤井が見事だったというべきだろう。勝ち筋に入ってからの藤井は、いつもながらに鮮やかだった。受けに打たされた桂を攻めに転じて跳ね出す王手から、渡辺玉を即詰みに討ち取った。

 熱戦の度合いをはかる一つの指標は、動いている駒数の多さである。将棋は双方20枚ずつ、合わせて40枚の駒を使って戦う。優れた戦国武将と同様に、将棋の名手は、どんな駒でもうまく活用して使う。本局では一度も動いていない「不動駒」は、藤井陣の右隅の香車、わずかに1枚だけだった。

「大勝負に名局なし」という言葉がある。しかし本局は掛け値なしの名局といえるだろう。

 藤井聡太は記録メーカーである以上に、名局メーカーだ。華のある棋風で見る者を魅了する。しかし名局はもちろん、藤井1人の力だけでは生まれない。相手の渡辺や豊島が強ければこそ、ファンを沸かせる芸術性の高い名局は生まれる。

■幼い頃から鉄道ファン

 勝利後の翌朝、藤井は王将戦恒例の撮影に臨んだ。ロケ地は天竜浜名湖鉄道の掛川駅。幼い頃から鉄道ファンだった藤井にとっては、楽しいひとときだっただろう。乗務員姿となって敬礼する初々しい写真は、さっそく話題を呼んでいた。

「藤井さんが筋トレを始めたというのは、温泉地での入浴シーンの撮影に備えてですか?」

 今年度が始まる頃、筆者はマスコミからそう尋ねられた。それはちょっとわからないし、藤井が今後、そうした撮影に応じるかもまだわからない。渡辺は、そうした撮影にノリノリで応じてきた。勝者に次々と新手の無茶ぶりをぶつけてくるのもまた、王将戦の面白さだ。

 王将戦第2局は1月22、23日に大阪でおこなわれる。次は渡辺の先手番だ。(ライター・松本博文)

AERA 2022年1月24日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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