偶然ではあるが、藤井はタイトル戦開始前の振り駒に強い。番勝負では公平に、一局ごと交互に先手、後手は変わっていく。振り駒だけでシリーズ全体が有利になるわけではもちろんない。しかしともかくも、この王将戦でも藤井は第1局で、わずかに有利な先手番を得た。藤井は今年度、先手番でわずかに2回しか負けていない。王位戦七番勝負第1局の豊島戦。そして銀河戦準決勝の渡辺戦だ。

 戦型は藤井が相掛かりを選んだ。攻撃の司令塔である飛車の前の歩を前に進めていく、古くからある指し方だ。戦型にも流行(はや)り廃(すた)りがある。戦前にはこの相掛かりが大流行した。時代は何周かして、比較的定跡が整備されていない点や、コンピューター将棋ソフト(AI)が評価しているなどの理由から、相掛かりは現在最前線の戦型となった。将棋の奥深さが表れた事象といえるだろう。

藤井聡太が先勝通算9勝2敗に(AERA 2022年1月24日号より)
藤井聡太が先勝通算9勝2敗に(AERA 2022年1月24日号より)

■見せ場は1日目午前

 王将戦は2日制の長丁場だ。しかし見せ場は早くも1日目午前に現れた。序盤の41手目。藤井は相手の飛車がいる筋の歩を突き上げる。これには現役棋士をはじめ、多くの人々が度肝を抜かれた。現行の将棋は400年の歴史を持つ。その旧来の常識からすれば、ありえない手法だからだ。もちろん藤井には事前に深い研究がある。そして大舞台で強敵を相手に、その是非を問うたわけだ。

「新時代の手という感じで1日目の昼から大長考を余儀なくされました」(渡辺)

 渡辺は対局後すぐに更新した自身のブログに、そう感想を書いている。渡辺は長考に沈み、藤井の構想を推測したものの、それとは違う進行になった。渡辺は慎重に指し進め、互角の形勢をキープしていく。ただし時間の消費は珍しく、渡辺が先行した。タイムマネジメントも含め、大戦略家である渡辺にとっては珍しいことだ。

 近年の2日制のタイトル戦では両者の研究がぶつかり合うと、1日目の早い段階で終盤あたりまで進むことも珍しくはない。しかし本局は2日目に入っても、スローペースの中盤戦が続いていく。両者ともに持ち時間8時間を使い切る頃になってようやく、互いの玉に王手がかかる終盤戦に入った。

 藤井の生涯勝率は史上最高の約8割4分。その勝局の多くでは、序中盤から少しずつリードを広げ、そのまま押し切る。AIが示す評価値をグラフにすれば、右肩上がりのいわゆる「藤井曲線」が描かれる。

 しかし本局はそうした進行にはならなかった。何局指してもそうした進行に持ち込めるのは、渡辺や豊島のように、藤井についていけるだけの並外れた実力がなければ無理だ。

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