穴の中にクマがいるのか、それを知る1つの目安が「あたり」という。
「クマは冬眠に入る前、穴の周辺に『俺はここで冬眠するぞ』って、他のクマに伝えるために、幹をかじったり、爪でひっかき傷をつくる。猟師さんはそれを『あたり』と、呼ぶんです」
ただし、クマが「あたり」をつけても、必ずその穴に入るわけではないという。
西野さんは、クマがいなかった穴の前で振り返る猟師の写真を見せながら、「あとは、いわゆる野生のカンというか」と言い、猟師の不思議な動きについて語った。
「このとき、『ここにいないとなると、あっちの尾根があついぞ』みたいなことを言ったんです。『何、言ってんだろう? ほんとかよ』と思って行くと、ほんとうにいた。そういうのは、経験というか、ひらめきみたいなものなんでしょうね」
■ようやくのチャンスにぼうぜんに立ち尽くした
穴の中にクマがいるときは、猟犬を近づけると、すぐに反応する。その場合、即座に鉄砲の用意をして、猟犬を穴に入れ、クマを追い出したところを撃つ。
ところが、取材を始めた08年は、雪山を歩けど歩けど、クマがいる気配さえ感じることができなかった。徒労感ばかりがつのる毎日で、心が折れそうだった。
「実は、1頭も獲れない年も珍しくなくて、3頭獲れたら、『今年はすごくよかったね』という感じなんです」
西野さんが初めてクマを獲る場面に出合えたのは19年2月15日。「狩猟期間の最終日にようやく獲れた」と言い、そのときの様子をまざまざと語った。
「クマのなかでも大きいのは特に賢いから、穴から出たら撃たれるのは分かっている。だから、猟犬を穴に入れても中でじっとしているようなやつがいるんです。このときもそうだった。でっかい穴の入り口から私が立っていたところまで約3メートル。ごぉーっと、腹に響くようなうなり声が聞こえてきて、初めての私は足がすくむような感じでした」
猟師たちは粘りに粘った。なにしろ猟期の最終日である。
「穴からクマが顔を出した瞬間、バンと撃ったです。ほんとにすごく怖かった。状況もよく分からないし、もう、腰が引けていた」
来る日も来る日も雪の斜面を歩き続け、ようやく訪れた瞬間。しかし、西野さんはクマのそばでぼうぜんと立ち尽くすばかりで、シャッターを切るどころか、ファインダーをのぞくことさえできなかったという。
「ようやく撃つ瞬間が撮れたのは2頭目。だんだんと、クマはこういう感じで出てくるんだとか、猟師の動きが分かってきて、満足できる瞬間が撮れるようになったのは3頭目からですね」
命をかけることはないにせよ、ときには身を削るようにしてレンズを向け、シャッターを切る写真家の仕事は、狩猟と通じるものがある。熱をこめてクマ猟の現場を語る西野さんと、猟師の姿が重なった。
(アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】西野嘉憲「熊を撃つ」
オリンパスギャラリー東京 1月20日~1月31日