写真家・西野嘉憲さんの作品展「熊を撃つ」が1月20日から東京・新宿のオリンパスギャラリー東京で開催される。西野さんに聞いた。
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「私が撮影しているのは、自然のなかで生きる人間、『狩猟民』なんです。日本を代表する狩猟文化と考えているのは、沖縄の海人(うみんちゅう)の潜水漁、千葉県の房総半島沖で行われている沿岸捕鯨、そして今回の写真展の雪国のツキノワグマ猟。この3つのテーマを同時に20年ほど前から追い続けてきました」
西野さんがクマ猟を写した舞台は、富山県境に近い岐阜県の最北部。
クマ猟というと、東北地方で狩猟をなりわいとする「マタギ」が有名だが、なぜ西野さんはこの地を選んだのか? たずねると、「写真家としてのすごく身勝手な都合で」と言う。
「写真って、基本的には1枚の絵で表現しないといけないじゃないですか。猟師さんとクマが離れていると、緊迫した瞬間を1つの画面に収めるのは難しい。飛騨地方のクマ猟は、冬眠している穴からクマを追い出して、目に前に達したのを鉄砲で撃つ。なので、必然的に猟師とクマと対峙するんです」
■動物園のクマとはまったく違う
ふーん、そうなのか、と思い、作品を見ていくと、1枚の写真に目がくぎ付けになった。それは2人の猟師がクマに向けて発砲した瞬間で、銃口から噴き出した煙が生々しく写っている。写真奥の猟師と倒れたクマとの距離は約5メートル。想像していたよりもずっと近い。
「写真を見ると『うわっ、かわいそう』とか、思うかもしれないですけど、実際の現場は、ものすごーく怖いです」
そして、「『冬眠』という言葉を使ってほしくないくらいですね」と、西野さんは続ける。
「猟師や猟犬が近くに来たときにはクマは穴の中で確実に起きていて、あとは、いつ飛び出してやろうか、襲いかかってやろうか、と臨戦態勢なんです。だから、穴から出てくるときは、めちゃくちゃ速い。動物園でのっしのっしと歩いているクマとはまったく違います」
俊敏な動きを見せるのはクマだけではない。「猟師がベテラン同士のときは、ほんとうに見事に配置につくんですよ」。
このときも、クマに対して2人の猟師が十字砲火の態勢をとり、発砲するまで、あっという間の出来事だったという。十字砲火というのは1人がクマの正面から、もう1人が側面から、お互いの弾道がクロスするように射撃する、必殺の態勢だ。
「クマが穴から飛び出して逃げようとした瞬間、斜面の上で待ち構えていた猟師の1人が、ばーっと駆け下りて、クマの逃げ道をふさぐように立ちはだかって、2人同時に発砲したんです」
突進してくるクマはまさに目の前。もし、弾を外したら、襲われかねない。
「それで、『よくやりますね』と、声をかけたら、『クマを獲りに来ているんだから、撃たないとしょうがないよ』と、淡々と言うんです。それを聞いて、やっぱり、彼らは猟師だな、と思いましたね。解体したら、弾は2発とも首に当たっていました。さすがです。ごく狭い範囲、頭、首、心臓のいずれかを撃って即死させないと、ほんとうに危ない」