■受診が遅れるもう一つの理由
精神疾患で受診が遅れがちになるのは、「病気に対する偏見(スティグマ)」も大きな原因の1つと言っていいでしょう。精神疾患には根強い偏見があって、精神疾患にかかることは恥ずかしいと考えてしまう人もいます。こうした偏見の根底にあるのは「病気に対する知識不足」です。
たとえば、精神疾患は誰でもかかり得る病気ですが、心が弱いからなるなどと思っている人はたくさんいます。また、早期発見をして適切な治療を受ければ十分回復が期待できるのに、かかったら一生治らないと恐れている人も少なくありません。自分がかかって受診した経験を語り合うことが少ないのも原因の一つでしょう。
そんな厄介な病気になったら困る、自分だけはそんな病気であるわけがないと思いたい。でも病院に行って病気だと診断されてしまったら認めざるを得なくなる。診断されるのが怖い――。正しく病気を理解していないことによって生まれる「偏見」が、受診にブレーキをかけてしまっているのです。こうした偏見があると、せっかく症状に気づいても、早期治療につながりません。未治療の期間が長くなるほど、病気が進行し、治りづらくなってしまいます。
また、早期治療につなげるには、家族や学校の先生、友だちなど周囲にいる人が異変に気づいて受診を促すことも大事です。ここでも偏見が邪魔をすることが少なくありません。
親は子どもが発熱しているとか、どこか痛がっているとか、具合が悪そうにしていたら、病院に連れていきます。ところが精神疾患が疑われるような場合は、自分の子が「そんな病気」になったとは思いたくないからか、なかなか病院に来てくれない傾向があります。
友だちや学校の先生も、精神疾患となると、「病院で診てもらったら」と、ほかの病気のように気軽に声をかけられません。多くの人は、偏見や差別はいけないと理屈ではわかっているし、自分は精神疾患に対して偏見は抱いていないつもりでいます。
でも実際には多少なりともそういう気持ち、つまり精神疾患に対する偏見があるから、「具合が悪いなら早く病院へ」という本来なら自然であるはずの行動に結びつかないのではないでしょうか。
※『心の病気にかかる子どもたち』(朝日新聞出版)より抜粋
水野雅文(みずのまさふみ)
東京都立松沢病院院長 1961年東京都生まれ。精神科医、博士(医学)。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院博士課程修了。イタリア政府国費留学生としてイタリア国立パドヴァ大学留学、同大学心理学科客員教授、慶應義塾大学医学部精神神経科専任講師、助教授を経て、2006年から21年3月まで、東邦大学医学部精神神経医学講座主任教授。21年4月から現職。著書に『心の病、初めが肝心』(朝日新聞出版)、『ササッとわかる「統合失調症」(講談社)ほか。