といっても、がんという病名を言われたときに平然としている人はいません。さっと顔を曇らせたり、がくっと肩を落とすものです。だから、患者さんの顔色を見ながら、用心深く病名を告げました。その上で、手術の説明をして、いったん帰宅していただきます。数日後に再び来院して、手術に対する返事をもらうことにするのです。

 数日後にやってきた患者さんは、ほとんどの人が平生の自分を取り戻しています。打ちひしがれた風情の人はまずいません。人間って、本当は強いものなのです。だから告知があっという間に定着したのでしょう。例の高僧の話は作り話だったのだとなりました。

 最近では、10年前に卵巣がんになった60代の女性が私のところに相談に来ました。いつもは再発予防のために通っていて、とても明るい方なのです。ところが、このときはぐっと落ち込んでいて、老けて見えました。食道がんが見つかって、手術と術前の化学療法を受けるべきか悩んでいるというのです。私は「まだ若いし、体力もある。手術しましょう」と励ましました。

 その後、化学療法を始めたと再来院した彼女は昔の明るさを見事に取り戻していました。いつもの若々しい彼女を見て、私も元気になりました。

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

週刊朝日  2022年2月4日号

暮らしとモノ班 for promotion
大谷翔平選手の好感度の高さに企業もメロメロ!どんな企業と契約している?