TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。歌手のビリー・ホリデイについて。
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権力というものは、あらゆる手段を使って国家基盤を脅かす存在を潰しにかかる。女性であっても容赦はしない。彼女はジャズシンガーのビリー・ホリデイだった。
「南部の樹木には奇妙な果実がなっている。血が葉を濡らし、根にしたたっている。黒いからだがそよ風に揺れる。目玉が飛び出て、口は歪(ゆが)む。美しくのどかな風景の中、ふいに鼻をつく、肉の焼ける匂い、その果実をカラスがついばみ……」
ビリー・ホリデイは『奇妙な果実』を歌った。黒人をリンチし、木につるす話。彼女はこの曲を圧倒的な歌唱力で歌い、多くの人に人種差別の現実を思い知らせた。
1950~60年代からアフリカ系アメリカ人が立ち上がり、公民権運動が全米各地で繰り広げられたが、『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』を観て、ビリー・ホリデイがマルコムXやキング牧師よりずっと前に運動の旗手だったことを初めて知った。
『奇妙な果実』をビリーに歌わせるな──。人種差別撤廃の声が出始めた40年代、FBIはおとり捜査で彼女を麻薬所持のかどで逮捕、監獄にぶち込んだ。しかし彼女は負けなかった。出獄してまた歌う。逆境に立てばそのぶんステージは輝き、白人までが魅了された。
「ビリーが公民権運動の先駆けだったことは僕も知らなかった」とリー・ダニエルズ監督が言う。「彼女が類いまれなシンガーだとは知っていたが、彼女が公民権運動に関わったことは教科書から消されていた。事実を知ったからには知らせないと。薬物依存とセックス中毒だったことも含めて」
ビリー・ホリデイは以前ダイアナ・ロスが演じたが、その映画で彼は映画界を志し、2001年に製作した『チョコレート』ではハル・ベリーが黒人女性初のアカデミー賞主演女優賞を受賞し、その後『プレシャス』で作品賞にノミネート、『大統領の執事の涙』は黒人執事がホワイトハウスのレッドカーペットを歩いてオバマ大統領に会いに行くラストシーンが印象的だった。