2月24日のキエフ市内(撮影・Kaoru Ng)

 また、ロシア軍の侵攻が影響して、ウクライナ通貨フリヴニャは対ドル・ユーロ相場で下落傾向だ。ソフィアさんは「今のところ通貨下落が生活に影響するほどではない」としつつ、こう言う。

「ほとんどの人が今後インフレになると予想して、備蓄には気を付けています。今のところスーパーの棚がガラガラになるような事態は起こっていませんが、食料の買いだめなどが起こる可能性もある。ウクライナは水道水が飲めないので、私自身もいつもより多めに水を買うようになりました」

 寒さの厳しい冬のウクライナでは、食料品の多くをヨーロッパやトルコなどからの輸入に頼る。流通が止まった場合、生活への影響は甚大だ。そんななかでも住民たちは、一時避難などの対応を取るのが難しく、とどまって生活し続けざるをえないという事情もある。ウクライナでは8年間続いている紛争の影響で経済が落ち込み、平均月収は4万円程度だ。生活するためにも、今いる地域を離れるのは簡単ではない。

 一方、1991年のソビエト崩壊、14年の(親ロシア政権を打倒した)マイダン革命とそれから続く紛争を経験しているウクライナ人は、万一の事態への対応に慣れているから、比較的落ち着いていられるという面もあったようだ。

東スラブ人同士なのに

 ITエンジニアのカテリーナさん(30)は、「さすがにキエフは大丈夫だろうという雰囲気だったのですが」と話す。ここ最近は、反ロシアのデモが増えていたという。

「ロシアとの状況が悪化するにつれ、デモを見かけることが多くなりました。ウクライナ国旗だけでなく、独裁体制になる前のベラルーシ国旗を掲げる人もいました」

 ルカシェンコ大統領独裁下のベラルーシは、ロシアと極めて近しい。旧国旗を掲げることで、「ベラルーシ人も、ウクライナとともにロシアの影響力から離れ、民主化を進めるべき」という意思を示していたのだという。しかし、24日にはそのベラルーシからもロシア軍がウクライナへ侵攻したと報じられた。

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