※写真はイメージ(gettyimages)
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 今年1月、アメリカでブタの心臓を人間に移植する異種間手術が実施されたと報じられた。なぜ、ブタの心臓が移植可能になったのか、メリットは何か、実用化にはどれくらいかかるのか。AERA 2022年2月28日号は、日本の心臓移植の第一人者に聞いた。

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 1月7日、米・メリーランド大学で、遺伝子操作したブタの心臓を人に移植する世界初の手術が行われた。移植を受けたのは重度の心不全だった57歳の男性で、拒絶を起こすことなく生存している。同大によると、「1カ月たったが予想以上に順調で、(2月13日のアメリカンフットボールの試合)『スーパーボウル』を観られるほど調子がいい」という。

 ブタの心臓は比較的人間に近く、成長が早いので必要な大きさに育てるのも容易だという。主に食用として飼育されるため動物愛護の観点からも問題になりにくく、異種移植の対象動物として古くから研究されてきた。

心臓移植の第一人者で、国立循環器病研究センター移植医療部長の福嶌教偉(ふくしまのりひで)医師もかつて、ブタから人への移植に可能性を感じ、研究を続けた。おそらく世界で初めて、ブタの心臓をヒヒの乳児に移植して一定期間生存させた研究者でもある。「目の前の患者を救いたい」と約30年前に臨床医に転じたが、当時、「臨床試験開始まで30年」と予想したという。その予想通りの時間を経て、実際に1例目が行われた。

 これまで最大の壁だったのが、ブタの心臓を異物と認識して攻撃する「超急性拒絶反応」だ。人間が持つ抗体がブタの細胞にある抗原を標的として結びつき、心臓の働きを妨げることで、移植しても短時間で死亡する。

 拒絶反応を防ぐために、当初は人間が持つ抗体を除去する方法が検討された。その後はブタの遺伝子を組み換えて、標的となる抗原を取り除く研究が進んだ。ただ、組み換えが必要な遺伝子が多く、何世代にもわたって交配を繰り返す必要があった。

「その後、多数の遺伝子を同時に操作するゲノム編集技術が確立され、一気に研究が進みました。遺伝子工学の発展があってこその進歩です」(福嶌医師)

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