MBAを取得して帰国した北尾さんが次に選んだのは、ベンチャーキャピタルだった。投資先の新興企業を成長させるグロース担当として、経営層とコミットしながら経営課題を解決する。経営学のセオリーも、物事を様々な角度から見るクリエイターとしての視点も役立った。
そして20年、自身の会社を立ち上げた。クリエイターのスキルと経験を武器に、MBAと投資家としての知識をかけ合わせて「クリエイティブによる事業成長支援」を提供している。
著述家の藤原和博さんは著書で、「100人に1人の能力を三つ持つ」ことを論じた。100人に1人が持つ能力は数年間本気で取り組めば身につけられる。そんなスキルが三つあれば、100万人にひとりの特別な人材になる。北尾さんのキャリアはまさにこれを地で行っている。
今持っているスキルに加えて新たな知識や技能を獲得し、仕事の幅を広げたり、別のジャンルに踏み出したり、年収アップを狙ったり。そんなスキルの足し算「リスキリング」に取り組む人が増えてきた。
社会人の学び直しは古くから提唱されてきたが、ここ数年はフェーズが変わった。厚生労働省で人材育成などに関わってきた事業創造大学院大学の浅野浩美教授は言う。
「少子高齢化が進み労働人口が減る中で、一人一人の職業生活が長くなった。一方で、変化が激しい時代でスキルの『賞味期限』は短くなった。これまでも社会人は学んでいなかったわけではなく、新たな仕事を覚えるなど学びの機会はありました。ただ、企業のなかで学んでいるだけでは立ち行かなくなっています。企業は社員の学びを求めるようになり、個人の側も企業に任せていては先が見えない。新たなスキルを獲得するための学びの必要性はこれまでになく高まっています」
実際、リスキリングはビジネスパーソンに一般化しつつある。
■核プラス周辺スキル
ハイクラス人材向け転職サイト「ビズリーチ」が去年10月、30代以上の会員に行った調査では「現在リスキリングに取り組んでいる」人が54.8%に上った。同社の池野広一部長は言う。
「産業構造の変化が進み、ゲームのルールそのものが大きく変わる可能性がある。『業界の壁』はなくなり始め、企業は必要な人材を社内外問わず探す意識が強くなってきました。新しいことを学びスキルを広げることで、市場価値が高まるのです」
リスキリングには、培ったスキルや経験のうち、今後も必要とされる部分の整理が第一。
「核となる強みにプラスして今後必要になる周辺スキルを身につけ、活躍できる範囲を徐々に広げていくことが有効でしょう」
(編集部・川口穣)
※AERA 2022年3月21日号より抜粋