天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)

 50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、2019年の小脳梗塞に続き、今度はうっ血性心不全の大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。人生の節目の70歳を超えたいま、天龍さんが伝えたいことは? 今回は「色」をテーマに、つれづれに明るく飄々と語ってもらいました。

【写真】天龍さんの「宣伝部長」姿はこちら!

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 俺の現役時代のプロレスのコスチュームは黒×黄。これは、俺の中で「黒=従順」「黄=反逆」という相反するイメージがあって、その2つを合わせたら面白いという勝手な解釈で選んだカラーリングなんだ。

 デビュー当初は紫のタイツだったんだが、紫は相撲時代から「品のいい色」だと思っていて、まわしにも使っていた色でね。プロレスでも最初は紫でリングに上がっていた。漏れ聞くところによると、ミッツ・マングローブさんが、紫パンツをはいて対戦相手にやられている天龍源一郎を見て“性に目覚めた”らしいね(笑)。そういえば、高田延彦も紫だね。高田と対戦したときは、入場する彼の姿を見て「カッコいいなぁ」と思ってしまって悔しい思いをしたが、もしかしたら、高田も俺の紫パンツを見て“何か芽生えた”のかもしれないな!(笑)

 ファンの間でも天龍と言えば黒×黄か紫と印象だと思うが、実は一日だけ、ヒョウ柄のロングタイツはいたことがある。あれはたしか、1998年の千葉・木更津の大会だったかな。一度、ロングタイツをはいてみたくて、こっそりコスチューム屋に注文したんだ。現物を見たらなかなかよくて気に入ったね。それでファンの反応を楽しみにして意気揚々とリングに上がったら、みんな「えっ!?」ていう顔でさ……大顰蹙(ひんしゅく)だったよ!

 特に家族には散々だった。試合が終わった後、当時中学生だった娘に「どうだ、ヒョウ柄は? よかっただろう?」って聞いたら、「いつもの方がよかった。みんな黒と黄の天龍を楽しみに来ているのに!」って怒られてね。俺としては、いつも同じパターンだと客も飽きるだろうから“ギフト”のつもりで冒険したんだけど、やり過ぎたようだ……。

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天龍源一郎

天龍源一郎

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

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