歌舞伎小道具のほぼすべてを扱っているのが、創業150年を迎える藤浪小道具株式会社だ。埼玉県越谷市の2500平方メートルという広大な敷地にある第一営業所の倉庫には、ありとあらゆる演目に使用する小道具が床から聳(そび)え立つように積みあげられている。

 眩暈(めまい)とともにこの小道具の山を眺めていると、歌舞伎という400年以上続く演劇の正体を見た気がする。とかく役者に目を奪われがちの歌舞伎だが、役者がかつらと衣装を着けただけでは物語はなにも始まらない。歌舞伎の演目に通じているなら、話を動かしていくのが刀から煙管(きせる)に至るまでのさまざまな小道具であることがわかるはずだ。歌舞伎座で毎月の公演で使われる小道具の数は軽く1千アイテムを超える。だからここで保管されている小道具の数は藤浪でもカウント不能なのだ。

 8年前、「百姓蓑(みの)を作る人がいなくて困っている」と田村にこぼしてきたのは、藤浪の演劇課課長の近藤真理子(44)だった。

 旅姿を表す蓑は色や形、素材など役柄によって多種多様にある。百姓蓑とは、「仮名手本忠臣蔵」の五段目で勘平がまとっている農民用の蓑のことだ。25日間毎日強いライトを浴びて着脱するから擦り切れてくる。まだストックがあるとはいえ、底を突くのは目に見えている。しかし作る人が見当たらない。ずっと新調できないでいた。近藤は田村に助けを求めた。

「はじめて会ったとき、彼女に思わず同じ匂いがしますね、と言ってしまったんです」

 と近藤は笑う。中学から歌舞伎にはまり、大学では歌舞伎研究会に属したが、もともと絵が好きで、自主公演のための小道具を自らコーディネートしていた近藤は、大学卒業後22年間藤浪に勤務している。歌舞伎をどこで支えていくのか、田村に直感的に共感した。2014年、田村は近藤と百姓蓑復元のプロジェクトをスタートさせた。

 ベテランの近藤も、蓑の素材がなんなのかを知らなかった。素材を明らかにして製作方法を解明し、小道具会社が自社で製作できるようにすること。これがプロジェクトのゴールだった。

(文中敬称略)

(文・守田梢路(こみ))

※記事の続きは AERA 2022年3月28日号でご覧いただけます

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