歌舞伎小道具を扱う創業150年の藤浪小道具。倉庫に保管されている小道具の量はカウント不能なほど膨大だ(撮影/門間新弥)
歌舞伎小道具を扱う創業150年の藤浪小道具。倉庫に保管されている小道具の量はカウント不能なほど膨大だ(撮影/門間新弥)
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「伝統芸能の道具ラボ」主宰、田村民子。歌舞伎座の1カ月の公演で使われる小道具の数は、約1千アイテム。その中には技術継承ができていないものもある。小道具製作の技術が継承の危機にあると知り、田村民子は技術者に会い、専門家に話を聞き、復元のため奔走してきた。手弁当のプロジェクトも多い。でも、「裏方の裏方」でありたいと、今日も「困っていることはないですか」と職人に声をかける。

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 歌舞伎の女形床山の親方が、漆黒の人毛かつらの髪を結いあげながら独り言のようにつぶやいた。

「この鹿の子、もう作る人がいないんだよ」

 床山の取材を終えて帰ろうとしていた田村民子(たむらたみこ)(52)は思わず聞き返し座りなおした。鹿の子とは花魁(おいらん)や裕福な町娘などの髪に飾る絞り染めの極薄の美しい絹布のことだ。歌舞伎は、身分や役柄、さらには演じる役者の家のしきたりや好みなど気が遠くなるほど細かい決め事のある膨大な小道具によって成り立っている世界である。しかも一年中公演している歌舞伎の小道具は汗や白粉の汚れ、破損などがつきものの消耗品でもある。そのことを知っている田村は、親方の言葉に慄然(りつぜん)とした。それじゃあ、今まではどこで誰が作っていたのか。

「先代の親方がたくさん注文しておいたのがまだあるからね。記録? そんなもんはないよ」

 花が咲き誇るような歌舞伎役者の演技を支えているのは昔ながらの小道具の存在があってこそだ。その小道具製作の技術が継承の危機にあることを知りもう一度座りなおした。

「作る人を探すお手伝いをします」

 その場で思わず口走っていた。鹿の子は現在でも帯揚げなどに使われている技術だが、麻の葉模様に細かく絞っていくためには極上の技術が要る。その継承者がいない。やっと探し当てた京都絞り工芸館でベテランの職人たちが「この細かさはできるかどうか」と当初首をひねったほど歌舞伎小道具は精緻(せいち)なものなのだ。駆けずり回って1年、この工芸館の協力を得て“平成版鹿の子”を誕生させた。すでにこれは舞台で使われている。

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