
新型コロナウイルスで閉じられた国境が一気に緊張の度を増した。
夕方、メーソートの街に戻った。街は独自のウイルス対策として、飲食店でアルコールを出すことを禁止していた。店も早く閉まる。夜の8時をすぎたメーソートの中心街には暗闇が広がっていた。
ところが翌朝、市場に行くと、コロナ禍前のようなにぎわいを見せていた。しかし聞こえてくるのはタイ語ではなく、ミャンマー語だった。
「ミャンマー人がどんどん増えてきている」
と八百屋のおじさんが話す。ひとりのミャンマー人の青年が教えてくれた。
「いま1日300人ぐらいは越境してタイに入っています。タイの軍がいないポイントを選んでね。難民キャンプに入ってしまうと、送り返されてしまう可能性があるから、皆、メーソートの街に潜んでいる」
「これから? ヨーロッパとかアメリカ、日本に行きたいけど、いまはその手段はない。ここでじっとしてます。ここなら殺されることはないから」
メーソートは隠れ難民の街になりつつあった。
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。