中学時代に、本川達雄の『ゾウの時間 ネズミの時間──サイズの生物学』を読んで、動物ごとに異なった時間感覚があることに感動し、生物学者になるという思いを大きくした。
東京大学では思い描いた通り生物学を勉強したが、個々の動物がどのような時間を生きているのかという哲学的ともいえる広大な疑問を解くには、大学の理系分野は細分化されすぎていて肌が合わなかった。3年次に文転、文学部で「美学」を専攻する。美学を通じて、生物一般から「人間」の身体へと興味が移行していき、同じ人間でも同じ身体は一つとしてなく、一人ひとりが違う「世界」を構築していることに気づいていく。
吃音の8人に聞き取り
音読好きが多くて驚く
視覚障害者と対話形式で美術鑑賞するワークショップに行ったことがきっかけで、視覚障害に興味を持つ。視覚障害者は、声の反響で今いる部屋の大きさや人の数などを把握していた。視覚障害者が視覚を使わない方法で世界を認識していることを知ることで、さまざまな障害のある人の、それぞれの世界の認識の仕方や身体の使い方を聞くことにのめりこんでいく。
2018年に出版した『どもる体』では、吃音がある8人にインタビューをおこなった。「吃音」という自分の体をコントロールできない人たちが、さまざまな固有の工夫をしながら日常を送っていることを聞き取っていく。伊藤にとって驚きの連続だった。
「他の人も私みたいに吃音と付き合っているんだろうって思い込んでいたら、全然違いました。吃音なのに音読が好きって言う人がけっこういたことも信じがたかった」
吃音には、たとえば「たまご」と言おうとして、「たたたたたまご」と言ってしまう「連発」や、最初にしゃべろうとした単語が出てこず言葉につまってしまう「難発」があるが、「連発」や「難発」が出そうなときに、同じ意味の言葉に「言い換え」をすることで、吃音になることを避ける。
「言い換えは意識的にすることから、だんだん無意識におこなうようになりますけど、その区別が当事者でも難しいんです。でも、言い換えをするときって、言い換える言葉の意味や本質をすごく考えることだということにも気づいていくんです」
どんなときにどもるのか。歌ったり、独り言を言ったりしているときにはなぜどもらないのか。言い換えをするときに体にはどんな変化が起きているのか──インタビューを通じて吃音と体の複雑極まりない関係に迫っていく。