コロナ禍のプロ野球。各球場ではトランペットや太鼓に合わせた大声での応援、いわゆる「鳴り物応援」は禁止され、応援歌をスピーカーで流すなど演出に工夫を凝らしている。にぎやかな応援ができないことをさみしがる私設応援団やファンがいる一方で、そもそも鳴り物応援を「騒音」として嫌悪する層もおり、「なくなればいい」との声もある。プロ野球の応援スタイルはどうなるのか。
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トランペットや太鼓に合わせての大声援。そうした「鳴り物応援」のスタイルは戦後、大学野球などのアマチュア野球で根付いた。プロでは1970年代後半に広島ファンが球場にトランペットを持ち込んだのが始まりとされ、各球団に広がっていったようだ。
一方で、延々と続く鳴り物応援を「騒音」としてとらえ、嫌悪するファンもいた。
84年には、当時の下田武三・プロ野球コミッショナーが、プロ野球50周年にあたって、「他人に応援を強制しないこと」や「耳をつんざく鉦(かね)や太鼓を鳴らさない」などの「応援倫理三則」を示した。鳴り物応援を聞かされ続けたり、集団での応援に巻き込まれることを嫌うファンが、それだけ多かったということだろう。
スポーツの観戦文化に詳しく、過去に研究活動の一環として自らプロ野球の私設応援団に入った経験を持つ奈良教育大学の高橋豪仁(ひでさと)教授(スポーツ社会学)によると、「応援倫理三則は球場にも貼りだされました。ですが、その翌年には、ある球団の選手別応援歌のカセットテープが販売され始めました。球団も支持する形で鳴り物応援は定着してゆき、90年代に入ると、複数の球団から応援歌のCDが販売されるようになりました」と話す。球団が商売にしたのであれば、ファンも自粛とはならないのが当然だったかもしれない。
かくして鳴り物応援は当たり前の光景になり、楽しみにするファンも増えた。だが、アンチがいなくなったわけではない。
95年、海を渡り大リーグ・ドジャースに入団した野茂英雄投手の試合が日本でも中継されるようになると、メジャーでは日常の、鳴り物応援のない球場の魅力が伝わるようになった。国内で行なわれた日米野球でも鳴り物応援が自粛された。野球ファンの著名人が、新聞紙面上などで鳴り物応援の廃止を求め、意見することもあった。