インドの街にいる野良犬たち(写真:著者提供)
インドの街にいる野良犬たち(写真:著者提供)

 その明らかな差に、「カースト」ということばが不意に浮かんだ。自分が住むことになる前から、インドといえばと言われて浮かべていた、数少ないもののひとつだ。「インドのカースト制度は……」と社会科の授業で先生たちはいつも否定的なトーンで話していた。いや、ちがう、と危ない響きをまとったそのことばをかき消そうとする。

 日本だって、「空港職員」と「清掃員」は別じゃん。そんなすぐに目に見えるものじゃないはず。だけど、制服を着た彼らが、ワイシャツの彼らと比べてみな肌の色が暗いように感じるのは、気のせいだろうか……。

 異なる国、異なる文化。一面に真っ白いLEDが広がる日本の空港の近未来的な雰囲気とはちがう、鈍い鉄さび色のカーペットの上を進んでいく。国の玄関である空港の様子がちがうのも当然だよね、と自分に言い聞かせながら。

 空港から一歩踏み出すと、むわっと熱い肌触りと砂っぽく乾いたにおいに包まれた。あたりの喧騒が、山吹色の空に響く。十時間ぶりに吸う外気は、五感のどれをとっても知らないものだった。

 ほっと息つく間もなく車に乗り込んで、仮住まいの家へと向かう。空港からしばらくの道のりは整備されており、格段におどろく光景もなかった。な~んだ、思ったよりインドも荒れてないんじゃん。

 ただ、沿道の青い芝生には、空から降ってきたかのような野良犬たちが横たわっていた。首輪やリードにつながれず、ただ自由に転がっている犬たちの、安らいだ様子にほほえましくなる。この程度なら、インドも全然いけそうかも。

 ほかに目を引いたのは、ところどころに立つ電光掲示板に映る広告の、モデルの目力くらいだ。いまや日本だったら「古すぎ~」と揶揄されてしまいそうな、目の上下を漆黒のラインで縁取ったアイメーク。それによって、瞳よりそのまわりの白目が際立っているため、ギョロッとした目つきの印象を受ける。

 眉毛は、細くつり上がっていて、ピンと気を張り詰めているような迫力と貫禄を漂わせる。自信ありげに口角を上げた唇には、ビビッドピンクの口紅が光っていた。これがインドでの「理想の女性像」なのだとしたら、どうやらここでは生気に満ちた力強い女性が好まれるみたいだ。俗に言う“清純派”とは真逆の分類。ここでは、日本の「かわいい」は「弱い」になってしまいそうだ。

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細くやせこけた腕で窓をたたく少年