■関係改善のメッセージ
──文政権が支援した市民団体には、慰安婦支援運動に関わってきた団体も含まれます。前任の朴槿恵政権に否定的な文政権は、2015年の日韓両政府による慰安婦合意も形骸化させました。さらに韓国大法院(最高裁)が日本企業への賠償を命じた徴用工問題では、有効な解決案を示せなかった。日本政府側が不信感を抱く背景には歴史問題のみならず、未来の問題も関係しています。台頭する中国、核・ミサイル開発を進める北朝鮮といかに向き合うか。日本側は韓国と認識を共有できないことへいらだちを募らせています。
尹政権は発足前から、日本に対して関係改善の明確なメッセージを送っています。歴代の政権で、これほど強調した例はありません。歴史問題だけに特化する二国間ではなく、国際的な関係の中で未来志向的な姿勢で日本と協力していくと明言し、変化の兆しが見えます。他方、少数与党という現実がある。
新政権は日本との関係改善の意思を堅持しつつも、解決や合意を急いではいけない。なぜなら文政権下では静かにしていた慰安婦支援団体は、尹政権が日本に譲歩したとなれば、即座に反対運動を始める可能性が高いからです。そうさせないためにも支援団体を関与させるよう、うまく誘導する必要がある。非難する口実を与えないことです。
日本政府も真に韓日関係の変化を望むなら、相応の誠意を示さなければいけない。これまでのように、すべて韓国側でやるべきことだという態度では、新政権がとれる選択肢は限られてくることを認識すべきです。
──文政権は、北朝鮮との融和を最重視してきました。米朝首脳会談は実現したものの、結果として物別れに終わり、北朝鮮は本格的な核・ミサイル開発を再開させるなど不発に終わりました。南北対話の継続のためにも、与野党の政権交代阻止を目指して右派を攻撃してきましたが、大統領選にも敗北。日本との関係も悪化の一途をたどりました。
■政権の悩みはすでに
文政権を支持する層は強い好感を抱いたが、逆の側は猛反発するという、市民らの情緒的な両極化を招いた5年間だったといえるでしょう。左派的な理念の偏向を、公正や正義といった言葉で包みこんだことで、自由民主主義の後退といった多くの副作用を招いてしまいました。20年の総選挙で左派を圧勝させた支持者の3割が離脱し、そのうちの約半数は今回の大統領選で尹氏を支持したという調査もあります。
しかし、だからといって尹政権がすべて文政権の政策をひっくり返してしまえば、今度はまた左派の結集を招くことになるでしょう。検察改革法案の強行処理も、尹政権の行く末が決して順調でないことを示しているとも言えます。保守の価値観をしっかり持ちながら、いかに国民統合や、巨大野党との協調を図るのか。尹政権の悩みはすでに始まっています。
(構成/朝日新聞記者・箱田哲也)
※AERA 2022年5月23日号