沈揆先(シム・ギュソン)/1956年生まれ。韓国紙・東亜日報で東京特派員、編集局長などを歴任。現在は韓国・国民大大学院博士課程に学びながら、同大で教壇にも立つ(写真:沈揆先さん提供)
沈揆先(シム・ギュソン)/1956年生まれ。韓国紙・東亜日報で東京特派員、編集局長などを歴任。現在は韓国・国民大大学院博士課程に学びながら、同大で教壇にも立つ(写真:沈揆先さん提供)

■「アスファルト」の終焉

──現職の朴槿恵(パククネ)・元大統領の弾劾・罷免で壊滅的な打撃を受けた右派は、人材不足にあえぐ中、政治経験のない元検事総長を候補にすえました。あえて政治色を抑えることで、内政、外交とも実績に乏しい文政権の批判票の取り込みに成功しました。

 右派の復活は確かに大きい。同時にこの大統領選は「アスファルト政治家」の終焉(しゅうえん)という意味もあると思います。民主化する過程から韓国の政治家は街頭でスローガンを叫んだり、群衆に呼びかけたりすることで大きく育ってきました。だが、尹氏はそうではない最初の大統領です。アスファルトの上で成長していない人物による政治という流れが、今後も続くことでしょう。

──党人ではない尹大統領は、いきなり厳しい現実に直面することになります。国会は文政権を支えてきた左派が約3分の2を占めており、独自色を出すにも容易ではありません。

 尹政権は変化を追求するでしょうが、すぐに根本的に変えることは難しい。今日の韓国が抱えている最大の問題は、理念の対立という巨大なブラックホールです。左右両派が、相手側をとにかく無条件に批判する「陣営論理」を掲げていて、国民統合が困難なだけではなく、「公正」という基準までが崩れています。国会では巨大野党が控える。それでも6月1日の統一地方選や2年後の総選挙で右派が躍進すれば、変化は加速すると思われます。

■理念の対立は深刻

──政治理念の対立による社会の分断は、韓国でも深刻です。検察の捜査を極めて政治的だと批判してきた文政権と与党(左派)は、尹氏の就任直前に、検察から捜査権を事実上剥奪(はくだつ)する法改正を強引に進め、国を二分する議論に発展しています。

 残念ながら理念の対立は今後も深まっていくでしょう。尹錫悦大統領は就任式で、「陣営論理」は民主主義を危機に陥れる反知性主義だと批判しました。陣営論理がひどくなったのは盧武鉉(ノムヒョン)、文在寅という二つの政権が、左派系の市民団体をひいきする形で手厚く支援し、またこれらの市民団体も両政権の失政に目をつむったことで対立が激化し、やがて右派系市民団体も声を上げ始めたからです。尹政権にはそんな悪循環を何とか断ち切ってほしい。市民社会や市民団体を公正に扱い、苦言にも耳を傾ける以外に葛藤をやわらげる方法はありません。

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