会場で度肝を抜くのは、ヨシタケの発想の源となった膨大なスケッチの複製画の壁面だ。彼がつねに持ち歩く小さな手帳には、はてしない妄想やアイデア、世界の見え方が詰まっている。彼いわく「いつでも手で隠せるように、小さく描く」。約13×8センチサイズの紙に描いた1万枚超のスケッチのうち、約2千枚を厳選(撮影/写真映像部・加藤夏子)
会場で度肝を抜くのは、ヨシタケの発想の源となった膨大なスケッチの複製画の壁面だ。彼がつねに持ち歩く小さな手帳には、はてしない妄想やアイデア、世界の見え方が詰まっている。彼いわく「いつでも手で隠せるように、小さく描く」。約13×8センチサイズの紙に描いた1万枚超のスケッチのうち、約2千枚を厳選(撮影/写真映像部・加藤夏子)

 そして場内に足を踏み入れると、広大な壁面に並んだ約2千枚ものスケッチに言葉を失う。筑波大大学院を修了し、半年間だけゲーム会社に就職したものの、なじめず退職。造形や広告美術の仕事に明け暮れていた頃から、彼が描き続けたスケッチだ。約13×8センチの小さな紙に、極細ペンで人知れず描いてきた。ヨシタケは言う。

「絵本作家になる前からスケッチは僕の逃げ場所。いま、80冊、1万枚を超えました」

 場内を歩き始めると、かすかに水の音が聞こえてきた。見ると、神々しい観音様が。ストローをくわえ、コップの中の水をブクブク鳴らし続けている。金魚鉢などで使うモーターが入っていて、空気を永遠に送り続ける観音様。ヨシタケが絵本作家に転向してからも、神奈川・茅ケ崎の自宅アトリエの窓際に鎮座し、彼を見守り続けてきた。

「今回、モーターを入れ替えたので『新生ぶくぶく観音』。イキの良いブクブクになっています」

写真は「トイキ」。内蔵のファンが眼前の紙を揺らす(撮影/写真映像部・加藤夏子)
写真は「トイキ」。内蔵のファンが眼前の紙を揺らす(撮影/写真映像部・加藤夏子)

■怒る大人の口にリンゴ

 ヨシタケ自らが考案した「体験展示」もそこかしこにある。身体を使って「ヨシタケワールド」を体感できる仕掛けだ。

「僕、展覧会に行くと、すぐ飽きて帰りたくなるんです。額に入っている絵ばかりでつまんない。大人と子どもが楽しめるモノを作りたかった」(ヨシタケ)

 たとえば、主人公の女の子・なつみが、お母さんに次々と独特のモノマネを披露する絵本『なつみはなんにでもなれる』(PHP研究所)。この物語から着想を得たアトラクションが「これ、なーんだ?」だ。「蚊をやっつけようとしている人」「耳に水が入った人」。ブースの中にあるお題を、一人がジェスチャーし、もう一人が答える。身体を動かすと、視点が変わる。『なつみは~』の原案コンセプトが、そのまま3次元で実現した。

 デビュー作『りんご~』の関連では、「宿題したの?」「何回も言わせないで!」などと怒る大人たちの口に、スポンジ製のリンゴを投げつけるアトラクションも。壁に開けられた彼らの口にリンゴがうまく入ると、彼らは一瞬怒りを忘れ「美味しい~」と感想をもらす。筆者を案内がてら、ポンポンと上手にリンゴを投げ入れたヨシタケは、笑いながら言った。

「これも来場者参加型。投げつけられた大人は喜ぶので、いちおう、ウィンウィンなんです」

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