こうした痛みのメカニズムを知ってもらい、「痛みに対する認識を変えること」が改善の第一歩だと加藤教授は話す。この考え方は「認知行動療法」という形で行われている。奈良学園大学保健医療学部の柴田政彦教授は、「痛みが危険なものではないことを知ってもらい、痛みとの付き合い方を見直す方法」と言う。

 柴田教授は2015年から、千里山病院集学的痛みセンターで難治性の慢性痛患者を対象に、認知行動療法を取り入れた3週間の入院プログラムを実施している。患者は理学療法士や作業療法士らの指導を受けながら、運動や日常生活に取り組む。痛みのメカニズムを学ぶ講座もある。

「入院では『痛くてもできる』体験をたくさんしていただきます。慢性痛の患者さんは痛みに対して恐怖を持ち、動くことを過剰に避けている人が多く、これが痛みの回復をさらに遅らせることになることがわかっているからです」(柴田教授)

「段階的曝露」で使われる恐怖階層表(柴田教授提供)
「段階的曝露」で使われる恐怖階層表(柴田教授提供)

「段階的曝露(ばくろ)」という方法は、患者にとって恐怖の対象になる動作をあえてしてもらう。例えば腰痛で「床の物を拾う動作が腰に悪い」と感じている人は、その動きにチャレンジする。想像よりも楽にできることがわかると恐怖心がやわらぎ、少しずつ動けるようになっていくと言う。

週刊朝日 2022年6月3日号より
週刊朝日 2022年6月3日号より

「欧米の研究では軽度の慢性痛(腰痛)を持つ人に対し、認知行動療法の一種であるPRTという療法を電話で週2回、1時間ずつ4週間実施し、多くのケースで痛みがほぼゼロになったという結果が報告されました。権威ある医学雑誌に掲載されたことで注目されています」(同)

 VR(バーチャルリアリティー)を使った治療も試みられている。VRはコンピューターによって作り出された仮想空間を現実のように知覚させる技術だ。

 都内在住の青木悟さん(仮名・72歳)は、30代のときから坐骨神経痛の症状に悩まされていた。数秒に1回、「失神する一歩手前の激痛」に襲われる。当時、整形外科では原因不明と言われたが、59歳のときにMRIを受け、腰の仙骨に神経鞘腫(しょうしゅ)という良性腫瘍があることが判明。これが慢性痛の原因とわかった。

 しかし、腫瘍は膀胱や神経のすぐ近くにあり、手術で取り除くことが難しい。そこで痛みの専門医を求め、順天堂大学医学部附属順天堂医院の麻酔科・ペインクリニック外来を受診。井関雅子教授のもとで治療を始めた。

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