グラウンドでプレーしていた選手たちは、誰一人として状況を理解できなかったのに、その中にあって、唯一状況を認識し、ルールに則した正しい判定を下したのが、谷博審判だ。

 91年6月5日の大洋vs広島、球史に残る珍プレーが起きたのは、2対2の同点で迎えた9回裏だった。

 大洋は1死満塁から清水義之が紀藤真琴の初球を本塁ベース近くのやや三塁寄りに高々と打ち上げた。打球が落ちはじめるのを見た谷球審は「インフィールドフライ・イフ・フェア」と宣告した。打球がファウルになったらファウル、フェアゾーンだったら、捕球したかどうかに関係なく、インフィールドフライという意味だ。

 この日は三塁側から右中間に風が吹いており、フェアゾーンに吹き戻された清水の打球は、両手を上げて捕球態勢に入った捕手・達川光男の1メートル後方にポトリと落ちた。

「しめた。ゲッツーだ」とほくそ笑んだ達川は、打球をワンバウンドで処理すると、本塁ベースを踏み、そのまま一塁に転送した。「バウンドした瞬間、一か八かで走った」と本塁に突っ込んだ三塁走者の山崎賢一は、達川がベースを踏むのを見て、「アウトと思った」という。

 ところが、谷球審は清水にインフィールドフライでアウトを宣告するとともに、達川が山崎にタッチしなかったことから、本塁セーフをコール。思いもよらぬ形でサヨナラゲームとなった。

「何で? ベースを踏んだじゃないか」と達川は絶叫し、山本浩二監督もベンチを飛び出して抗議したが、谷球審の説明を聞くうち、しだいに青ざめていった。「ルール上、そうだからなあ。審判はちゃんと宣告したし」(山本監督)。

 一連のプレーをミスなく完璧に裁いた谷球審は、91年度のファインジャッジ賞を受賞している。

 四球と思われた場面で、ファウルチップを見逃さず三振をコールし、「ナイスジャッジ!」と賛辞を贈られたのが、石山智也審判だ。

 20年7月30日のロッテvs楽天、2回の楽天の攻撃で、太田光がフルカウントから石川歩の内角高め直球に反応しかけたが、明らかなボール球と見て取ると、グリップエンドを前に突き出すようにして、バットを止めた。

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決定的瞬間を見逃さず