日本の小学生のシンボルであるランドセル。最近はその重さや高額化が問題視されることも多い(写真/gettyimages)
日本の小学生のシンボルであるランドセル。最近はその重さや高額化が問題視されることも多い(写真/gettyimages)

 ランドセルの存在が小学校卒業以来初めて自分の生活に顔をのぞかせたのは、アメリカに住んでいるときのことでした。近所に住む日本人の友人が、子どもが日本語補習校に入学するにあたってわざわざ日本からランドセルを取り寄せたというのです。日本語補習校というのは外国にいながらにして日本式の教育を受けられる学校で、生徒たちは平日5日は現地の学校に通い、土曜日だけ補習校で日本式の授業を受けます。

 駐在員の家庭ならいつかは日本に帰るので、ランドセルも必要かもしれません。でも友人の夫はアメリカ人で、日本に引っ越す予定はありません。それでも「日本式の小学校に通うならやっぱりランドセルだろうと思って」と、週に数時間使うためだけに決して安くない金額を出してランドセルを購入したというのでした。アメリカの小学生が使う通学カバンは、ランドセルの10分の1もしないくらいの値段の軽くて薄いバックパック。キラキラスパンコールが付いていたりキャラクターがプリントされていたりとデザイン性が高いので、たいていの子は好みに合わせて数年おきに買い替えます。そもそも6年間もつほど丈夫ではありません。そういう文化の中で暮らしている人間にも「小学生ならやっぱり」と思わせ、購買意欲を抱かせるランドセル、そなたはいったい何者か――。私はそこで初めてランドセルという存在の大きさを意識し、畏怖の念を抱きました。

 そのとき自分の子どもはまだ4歳と1歳でした。ただ上の子が小学校に上がる前に日本へ移住しようと計画していたので、ランドセルもいつか必要なんだろうなと漠然と考えていました。でも、そもそもランドセルってどこに売ってるの? 1年じゅう売り場にあるわけでもなさそうだし、いつ頃買えばいいんだろう。そう思って、同じく子どもが小学校へ入学したばかりという日本在住の友人に何の気なしに聞いてみました。入学おめでとう~。ところでランドセルっていつ頃買った?

 友人はひと呼吸置いて、答えました。

「最近はラン活ってものがあってね」

「らんかつ?」

「早い人は1年前から買ってる」

「いちねんまえ?!」

 1年前に買って、そのまま1年間ずっと家に置いておくってこと? なんで? 友人の口からは「受注生産」「希少モデル」「仮押さえ」「即完売」と、子どものカバンには似つかわしくない単語が次々飛び出します。どうやら今時のランドセルは、1年前に買わないと売り切れてしまうような事態になっているらしい。ランドセル、キミ、それはちょっとやりすぎじゃない?

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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