■口をよく動かし唾液の分泌促す
国立モンゴル医学・科学大学で客員教授を務める岡崎好秀さんも、歯科医師の立場から養生訓に注目する。
「一日に歯を35回、カチカチ鳴らすと歯の病気にならないなど、虫歯の予防法が書いてあります。口をよく動かすと歯や歯ぐきが鍛えられ、虫歯や歯周病を防ぐ効果が期待できるし、唾液(だえき)の分泌を促す。唾液には抗菌作用のあるリゾチームや、IgAと呼ぶ免疫物質といった体を守る大事な成分が含まれます。養生訓は唾液の重要性にも触れていて、学ぶべき点は多い」
西洋医学の解剖書を翻訳した『解体新書』で知られる江戸中期の医者で蘭学者、杉田玄白もご長寿だ。85歳まで生きた。玄白が健康のための心得として残したのが『養生七不可』だ。前出の若林院長は言う。
「過去や将来のことに心を悩ませてはいけないと精神衛生の重要性を真っ先に説いています。玄白は動じないところがあり、くよくよすることが体によくないと知っていたのかもしれません。食べすぎや飲みすぎを戒める一方、適度な運動を勧めている点は今の生活習慣病の予防にも通じ、先見性が感じられます」
平均寿命が40~50歳と言われた江戸時代に、90歳で大往生を遂げたのは浮世絵師の葛飾北斎。「富嶽三十六景」をはじめ、代表作のほとんどは還暦以降に描かれ、遅咲きの芸術家としても知られる。若林院長は、北斎が長生きした一因として、ビタミンB1を多く含むそばをよく食べていたことが影響した可能性があるという。
「そばは動脈硬化を防ぐ効果があるとされるルチンを多く含んでいます。ただ一説には、北斎は、健康のためにそばを食べていたというよりは、孫が作った借金の返済に追われ、白米が思うように買えなかったためだという見方もあります」
前出の植田教授は、北斎はうつぶせの姿勢で筆を執るなど、ごろごろと寝たり起きたりしていたことが「腸活」につながったかもしれないと指摘する。
「怠けた姿勢に見えますが、寝ながらごろごろと動くと、腸の活動は刺激され、腸内細菌の働きがよくなる可能性もあります。そばは消化がよくないと言われていますが、こうした腸活が消化の助けになっていたのかもしれません」