その前世にタイムスリップして、そこで経験した自分の一生と併走しながら、「ヘェー」とか「アッ、そうなんだ」と思って、前世の自分を観察することで、解らなかった今の自分のことが、解ったりするはずです。今の自分が抱えている問題の原因は「これだったのか」と解れば、今の自分を修正することもできるんじゃないでしょうか。

 今の会社の上司の存在が、今の生活を狂わせている、許せない、と思ったら、何のことはない、前世の自分の奥さんだった、ってことなど、色々の人間関係のトラブルは前世の人間関係が原因だったことが解れば、今生でそれとなく修正することができるかも知れませんよ。とにかく今生の抱えているありとあらゆる問題の原因が、実は今生にあるのではなく、前世にあったんだということが解明すれば、今生の難問は意外と簡単に解決するかも知れません。

 しかし、人間には過去世の出来事は一切解らないまま、われわれは、この今生に出てきているのです。タイムスリップで過去世を覗くことで人間が成長するのなら、神だか宇宙摂理だかは、魂の転生を秘密にしないで、われわれ人間の記憶のキャパシティを今生だけに限定しないで、ひとりひとりの魂の発生当初から今日までの何万、何十万年の記憶を脳の中に貯蔵してくれていてもいいはずですが、それをしないのは、多分、魂の進化を考えた上で、「それはダメ」ということになったんだと思います。全宇宙、全人類の歴史の記憶、つまりアカシックレコードを、必要な時に引っ張り出して、その記憶を読んじゃうなんてことを、もし神が許したら、それこそ人類も地球も目茶苦茶になって、宇宙から人類も地球も消滅してしまうに決まっています。

 だから、鮎川さん、この僕の前世タイムスリップ妄想は、あくまでも妄想にしておきましょう。というわけで、生前以前の世界に行くのは止めて、まだ一度も行ったことのないギリシャへ行ってみたいと思います。でも、これも妄想に終わりそうです。ここ10年間は韓国への旅行を最後に海外へは行っていません。難聴と、現在の年齢を考えれば海外旅行は無理です。そんなわけで、過去に行った海外旅行をあれこれ想い出しながら、就寝時のわずかな時間の中で過去のノスタルジーに浸っています。そのせいか、しょっ中、夢の中で海外旅行で迷子になったり、トラブルを起こすパニック夢ばかり見ています。でもそれが夢だと解った時の快感は至福の瞬間です。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

週刊朝日  2022年7月1日号

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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