「コロナ禍に入社して、出社の習慣がない若者もいるでしょう。ウェブ会議なら上の服はきちんとするが、下の服は見えないので気を使わないことも。打ち合わせ相手との関係性ができていれば、ラフな眼鏡姿でも、化粧していなくてもいいかもしれない。いつも完全防備の態勢でいる必要はないという意識に変わってきたのでは」(瀧崎さん)
■SNSにあふれる抑圧
それでも、自由に生きていけるわけでもないようだ。
「以前は『こうあるべき』という抑圧は親など身近な人からが多かった。今はSNSにいろんな意見があふれています。脱毛しなきゃ、化粧しなきゃ。母親なら手間を惜しまず料理を手作りすべきだなんて意見も。気にしなければいけないことがなんて多いんだと抑圧を感じる人もいます。だから、干物女みたいな生き方もあるんだという選択肢があることが、今の時代でも救いになると思います」(同)
干物女が若者の生き方に影響を与えたのは、日本だけではない。ドラマはアジアで放送され、マンガは台湾などのアジア、米国、フランスなどで出版された。
08年の中国での報道によると、中国青年報社会調査センターのネット調査では17.8%が「魚干女(干物女)になりたい」と回答。干物女が生まれたのは、「現代女性の自我意識の高まりを示している」と考える人は43.8%だったという。
中国の若者文化に詳しい早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の中嶋聖雄教授はこう話す。
「当時、中国は経済成長していたものの、受験競争は激化するし、大人になってからも働きずくめ。女性は働き続ける一方、儒教文化復興の影響もあり家でもきれいでいて家事をすべきという風潮があった。生き方に疑問を感じていたところで干物女が流行したのだと思います」
生き方への疑問は今も続く。
「最近の中国では、経済成長が鈍化するなか、『996』(朝9時から夜9時まで週6日)で働くのは疲れ切ったからもう寝そべろうよという若者が『寝そべり族』と呼ばれています。SNSの微博(ウェイボー)に今年5月、『寝そべり族と同じように以前、干物女もいた』との趣旨の投稿がありました。それぞれの文脈は違いますが、中国で起こる現象の始まりに日本の干物女があると捉える中国人がいるのは興味深い」
干物女という生き方は、世界中で形を変えて脈々と受け継がれていた。(編集部・井上有紀子)
※AERA 2022年6月27日号