青春の只中にいる人が書いた青春小説は、題材も文体も年長の読者をたじろがせるものと決まっている。今期芥川賞を受賞した宇佐見りん『推し、燃ゆ』もそういう種類の作品だ。

<推しが燃えた。ファンを殴ったらしい>という一文から小説ははじまる。「推し」の名前は上野真幸。アイドルである。「まざま座」という5人グループの端っこのメンバーだ。

「あたし」こと山下あかりは16歳。真幸を「推し」と呼び、一貫して応援し続けてきた。<アイドルのね、追っかけをしているんだって><若いからいいけど、現実の男を見なきゃあな。行き遅れちゃう>といわれたこともあるけど、ちょっと違う。

 アイドルとのかかわり方は十人十色で、推しのすべてを信奉する人も推しを恋愛対象として見る人もいる。<あたしのスタンスは作品も人もまるごと解釈し続けることだった>。ブログも公開していてファンの間ではそこそこ人気がある。

 推しとは生身の人間と二次元のアイドルの中間くらいの存在かもしれない。彼女は高校に通っているし、定食屋でバイトもしている。ところが推しの炎上騒ぎがあってから生活が狂いはじめる。<もう生半可には推せなかった。あたしは推し以外に目を向けまいと思う>。そう決めたときから、自分の肉体をわざと追い詰めるように動き、やがて高校を中退。無断欠勤が続いてバイトも辞めた。

 大人には理解しがたい心境だろう。しかし推しに対する彼女の思いは切実で、鬼気迫るものがある。<推しは命にかかわるからね>はけっしてオーバーないいぐさではないのよ。

 SNS時代の尾崎翠『第七官界彷徨』か、はたまた太宰治『女生徒』かと錯覚しそうな最先端の女学生小説。作者は21歳の大学生。主人公はオタクだからベストセラーにはなりにくいかなと思いきや、すでに同世代の共感を誘っている由。これはこれで破滅型の青春の系譜に乗っているのが末恐ろしい。

週刊朝日  2021年2月19日号