今にして思えば、我らは小田嶋さんに「癒されて」いたのだと思う。社会の分断を嘆く書き手は山ほどいても、自分の書く文章で分断を解きほぐせる人などそうはいない。なぜならそれは、先ほど書いたように自らへの批判をも丸ごと受け入れなければできないことだから。そしてあらゆる意見が匿名で直接飛んでくるネット社会においてはそれは自分を確実に痛める行為だから。ちなみに私はといえば、自分への批判コメントからは全力で遠ざかっている。ある時不用意に炎上騒ぎを引き起こし、実は小田嶋コラムで「燃えやすい素材」のくせによくこんなネタ書いたなとエールを送っていただいたのだが、本人は単に無自覚だったのでただ怯え消耗し、ヘタレとなったのだ。
小田嶋さんは入院先で書いたコラムで「執筆という作業は、書き手の心身をすり減らすもの」と書いていた。でも私はこれに補足したい。書き手の心身をすり減らさぬ執筆など力を持ち得ないのだ。それをやりきって65歳の若さで亡くなった小田嶋さんを思う。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2022年7月11日号