「日本で一番悪い奴ら」や「孤狼の血」「ひとよ」など、多くの白石作品に出演した俳優の音尾琢真(44)は人気の理由をこう述べる。

「どの役も、ちゃんとキャラクターが立つような演出をしている感じがするんです。メインの俳優が存在感を出すのではなく、その物語を生きる人になっている。主役も脇役も関係なく、どの役もおもしろくしようという思いが白石さんにはあって、役者は違和感なく演じられるんです。他の監督だと、主役を引き立てるためだけの脇役だったりとか、抵抗を感じる役柄も多いのですが」

「ひとよ」の原作は、劇団「KAKUTA」を主宰する桑原裕子(43)の舞台である。桑原は映画化に際し、この作品を単なるヒューマンドラマや、家庭内暴力や母親の病理といった社会派ドラマにしてほしくなかったという。

「白石さんの『凶悪』は、バイオレンスで恐ろしいシーンがいくつも出てくる一方で、市井の人々の現実的な闇も出てきます。私は何度も見返せないくらいつらいんですが、こういう暗闇を知っている人は、その人たちが本来求める光や温もりも見ているはずだと思うんです。白石さんは、あくまで“人間の有り様”を描く方だと思うので、信頼していました」

 白石の映画には、必ずと言っていいほど暴力シーンが出てくる。「ひとよ」もまた、どこか殺伐とした郊外に生きる現代の家族のなかに、見えにくい暴力が存在する。

 白石自身はノンフィクションを好み、作品は有名事件よりも市井の事件が多い。「凶悪」は獄中にいる死刑囚が、殺人事件の真相を雑誌編集部に手紙で告発するという実話をもとにした作品だが、これでもかというほど血が流れ、人間の命がおもちゃのように扱われる。「孤狼の血」は抗争中の暴力団と警察の血なまぐさい闘いを描いた。「ロストパラダイス・イン・トーキョー」や「麻雀放浪記2020」「凪待ち」など、映画の題材は多岐にわたり、タブーとされているテーマや、人間の本性をむき出しにしたような映画の方が多い。その中に暴力描写がある。

「映画ってものは理不尽なもの、不条理なものを描くためにあると、物心ついたときからずっと思ってきましたから。エンターテインメントとしての暴力をこれでもかってぐらい描くことは好きです。でも、暴力を肯定しているわけではないんです。暴力って理不尽なものについてまわるでしょう。それに蓋をしないだけ。映画の題材は何でもいいんです」

 1974年に札幌で生まれた。小学校低学年の一時期は名古屋に住んだが、父は一つの仕事が長続きせず、母はキッチンドランカーで酒浸りの生活をしていた。両親のケンカが絶えなかった。ある日、白石は告げられる。「今日から別々に暮らすから」。両親の離婚が決まったのだ。白石は母と弟と共に、母親の郷里の旭川市に移り住んだ。名字も母方の「白石」に変わった。

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