理不尽や不条理な出来事は誰の身にも降りかかってくる。白石もそのことをよく知っているのだろう。若松の他にもう一人、白石は大事な人を失っている。自分と弟を育ててくれた母親だ。白石が35歳ほどのときに、還暦をむかえたばかりの母が交通事故に遭い世を去った。相手はヘッドライトをつけていない不注意運転で、道路を横断中にはねられた。

「ぼくにとってすごく大切な2人が、たまたま同じ死に方をしました。人間は予想できない突然のことと、隣り合わせで生きているんです」
 若松は撮影中いつもこう吠えていた。「民衆に対して刃(やいば)をつきつける」。ぼくもいつもそう思っていますよ、と白石は静かに言った。(文中敬称略)
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■しらいし・かずや
1974年 北海道札幌市生まれ。愛知県名古屋市で一時期暮らしたが、両親の離婚にともない北海道旭川市に引っ越し、シングルマザーとなった母親に育てられる。地元の高校卒業後、札幌の映像技術系専門学校を経て、上京。
  95年 映画監督・中村幻児主宰の映像塾に3期生として参加。のちに師事する監督・若松孝二を含め、深作欣二、崔洋一、阪本順治など諸監督の映画論に触れた。若松プロダクションで助監督としてスタートしてからは、行定勲、犬童一心などの作品にも参加した。
2010年 「ロストパラダイス・イン・トーキョー」で長編作品の監督デビュー。
  13年 「凶悪」が公開。原作は『凶悪 ―ある死刑囚の告発―』(「新潮45」編集部編)。この映画で日本アカデミー賞優秀監督賞など、数々の賞を総なめにする。
  16年 「日本で一番悪い奴ら」公開。原作となった『恥さらし―北海道警悪徳刑事の告白』(講談社文庫)の著者・稲葉圭昭は元北海道警警部で、数々の違法捜査に関与し、覚醒剤取締法違反、銃刀法違反の罪で懲役9年となった。この映画にも出演した俳優・音尾琢真の父親は、稲葉の元同僚であったことがのちに判明。
  17年 「牝たち」「彼女がその名を知らない鳥たち」公開。
  18年 「サニー/32」「孤狼の血」「止められるか、俺たちを」が公開。「止められるか、俺たちを」は、若松プロを舞台に描かれた。「サニー/32」は、長崎県佐世保市で04年に起きた小学校同級生殺人事件をモチーフにして、インターネットで加害者が神格化される異常な現実を描いた。
  19年 「麻雀放浪記2020」「凪待ち」「ひとよ」が公開。現在、薬物依存者のリハビリ施設「ダルク」の取材を進めている。

■藤井誠二 1965年、愛知県生まれ。ノンフィクション作家。『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』で沖縄書店大賞沖縄部門受賞。最新刊に『路上の熱量』。

AERA 2020年5月25日号

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