私はステンレス鍋が壊れないので、それを使い続けた。食材と少量の水を入れて蓋をすると、蓋と本体の間にウォーターシールドという現象が起こり、蒸し調理ができる。蒸籠を使わなくてもいいし、道具もシンプルになったので、知り合いに勧めたのだが、彼女は、


「うまくいかなかった」

 といっていた。その人によって使いやすい道具は違うのだ。その鍋は十年保証なのだけれど、それ以上使い続けて、取っ手が割れてしまったので買い替えようとしたら、すでに部品が廃番になっていたくらい愛用した。そして同じサイズの新しいものに買い替え、フランス製の琺瑯鍋にも興味が湧いて、それも購入して煮物などを作っていた。

 それだけステンレス鍋を便利に使っていたのに、あるとき急に、それで炒め物をすると金属の味がするような感覚になった。更年期の影響もあったかもしれない。毎日のことなので困り、調べた結果、表面を強化ガラスセラミックでコーティングしてある、シリット社のフライパンを買った。こびりつきもなくとても使い勝手がよく、ステンレスの鍋はしばらくの間、お休みしてもらっていた。

 便利にガラスセラミックコーティングのフライパンを使っていたけれども、私のなかでは、炒め物はやっぱり鉄製という思いはずっとあった。実家のフライパンは当時の普及品だったと思うが、鉄製の真っ黒でどっしりとしたもので、母親がそれで炒め物をしながら、
「鉄分補給、鉄分補給」
 と呪文のようにいっていた。鉄製の調理器具を使って、鉄分補給できるのかはわからないが、とにかく彼女はそういっていた。よく食卓に上ったのは、ほうれん草のバター炒めや、ひじきと人参と豚肉の炒め物だった。これは醤油味で人参も豚肉も細切りにしてあり、翌日になると白い脂がところどころに固まっていたので、バラ肉を使っていたのだろう。鉄製フライパンとほうれん草、ひじきで、鉄分が二倍、三倍と考えていたのかもしれない。

 体にはよさそうだが、鉄製フライパンは使う前の準備の手間を考えると、買うのを躊躇していた。三、四年前、晩御飯にもう一品作りたいけれど、面倒くさいのはいやだなあと考えていたとき、世の中にスキレットが流行りだしていた。本来はキャンプ用のもので、料理ができたら鍋ごとテーブルに出してもおかしくない形ということで、ずいぶん売れたらしい。しかしキャンプ用なので家族がいる人は便利だろうけれど、ひとり暮らしではなあと思いつつ、インターネットで検索していたところ、油ならし不要、小さいサイズあり、のスキレットを見つけた。ロッジというアメリカのメーカーのもので、私の持っているものは内径十一・五センチ、別売りの蓋も購入した。しかし蓋をした状態での重さが約一キロと重い。しかしこれがあるおかげで、おかずを一品増やせるので助かっている。

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