主家を乗っ取り、将軍を暗殺し、東大寺大仏殿を焼き討ちした「三悪」の戦国武将、松永久秀。新たな主人となった織田信長に対しても謀叛を重ね、籠城した信貴山城で、火薬をつめた名高い茶器とともに爆死したと伝わっている。

 なんとも派手な悪人像が浮かんでくる久秀だが、三好長慶の祐筆(武家の秘書役)として世に出るまでの人生は謎のままだ。しかし、今村翔吾は大作『じんかん』で、久秀の少年期から三好家と関わるまでを詳細に描いた。

 なぜ出自不明の子どもが戦術や書に長け、成長するにつれこの世を意味する人間に興味を抱き、人は何のために生まれてきたかを問いつづけ、三好家や堺と深くつながり、茶人としても秀でるようになったのか──今村の創作によって現れたのは、賢くて思慮深く、仲間を大切にし、主人の意をしかと汲みとる忠臣の人物だった。

 必然的に今村は、その後に発生する三悪についても新たな解釈を展開する。史料にはない大胆な内容だが、前半を読み進めてきた者にすれば無理はない。それどころか、愚直なまでに亡き主人や友の志を継ごうとする久秀に、何度も感じ入ってしまった。

 史実だけでは決して見えてこない久秀の生涯を、信貴山城への総攻撃を指示した信長が物語るという設定が、また大胆だ。かつて二人きりで久秀と語りあった信長は、彼が謀叛をおこす理由を理解していたのだろう。そして、夜を徹して久秀一代記を聞いた小姓頭は信長の命を受けて信貴山へ向かう……。

 歴史小説の醍醐味にあふれたこの作品によって、松永久秀は戦国時代の新たなヒーローになるかもしれない。

週刊朝日  2020年7月24日号