神奈川県の南西部・湯河原にある「らぁ麺 飯田商店」は、業界最高権威といわれる雑誌『TRYラーメン大賞』(講談社刊)で3連覇している名店だ。全国各地から「飯田商店」のラーメンを求めて湯河原に人が集まるため、いつも早朝から大行列。朝7時から配られる130枚の整理券もあっという間になくなってしまう人気ぶりだ。
「飯田商店」では緊急事態宣言を待たず、4月1日から通常営業を自粛し、テイクアウト販売と通販に切り替えた。「東京から湯河原に人を来させてはいけないと思ったので、臨時休業するしかなかった」と店主の飯田将太さんは語る。
これまで通販は行っていなかったが、コロナ以前から挑戦したいと商品開発を行っていたため、スムーズに移行できた。普段店で提供しているラーメンをそのまま急速冷凍することで旨味と香りを損なわずにすむという。
魚介系スープの冷凍に関してはまだ「改良の余地がある」(飯田さん)ものの、動物系スープは冷凍でも十分美味しく食べられる。テイクアウトでも通販と同じものを「お土産用冷凍ラーメン」として販売。店で調理した温かいラーメンは取り扱っていない。
「現状では、温かいラーメンをそのままテイクアウトするには、満足できるレベルのラーメンができていません。特に厳しいのは麺です。小麦だけではなくタピオカを配合するなど工夫すれば伸びない麺を開発できる可能性はありますが、そこは目指していません」(飯田さん)
自家製麺で小麦の美味しさと香りにこだわる飯田商店だからこそ、小麦に混ぜ物は入れられないと信念を貫く。通販とテイクアウト販売だけでは通常の売り上げには到底届かないが、飯田さんは前向きだ。この期間を利用して人材教育や細かな仕込みを教えるなど、コロナ終息後に今まで以上のラーメンを提供できるように飯田さんは準備している。もちろん従業員の給料も保証する。
「言葉を選ばずに言わせてもらえば、この期間をいい機会として、ラーメン店も成長していかなければならないと思っています。むしろ成長しなければ明日はない。そんな気持ちで毎日新たなことにチャレンジしています」(飯田さん)
飯田さんを奮い立たせたのは、常連客からの声だった。
「『負けないで頑張って!』という言葉をいただくたびに、元気が出ました。SNSにお土産ラーメンが美味しいと書いてくださった方もいて、本当にうれしかったです」(飯田さん)
一方で、心無い言葉を浴びせる人もいた。県の要請に従い営業を続けていた店に対し、「そこまでしてお金がほしいのか」といった声もあったという。心が折れそうになったが、ウイルスへの恐怖や自粛ストレスなどで「正常ではない状態だ」と思ってこうしたクレームも受け止めたという。
ラーメンがテイクアウトに向かないことや店自体が「三密」になっていることなど、店主たちはこれまで考えもしなかった壁に直面している。だが、各店の取り組みには大きなヒントが隠されているはずだ。(ラーメンライター・井手隊長)
○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho
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