■凄まじい迫害受けた先祖、信仰の大切さ受け継ぐ


 
 ある冬の朝。沖でイカ釣りに夢中になっていたところ、早朝のミサを知らせる「寄せ鐘」が鳴り始めた。ミサは、信者にとっても教会にとっても、生活や活動の中心となる最重要行事。大慌てで教会に戻り、祭服に着替えて、信徒の前に立った。すると笑い声が聞こえてきた。額に真っ黒いイカ墨が垂れていたのだ。そのことを句にした。

「烏賊墨(いかすみ)の 一筋垂れて 冬の弥撒(ミサ)」

 この句に関心を持ったのが、出版社かまくら春秋社代表で星槎(せいさ)大学教授の伊藤玄二郎(75)だ。カトリック信者の妻が読んでいた「カトリック新聞」でたまたま見つけた。カトリックの司祭と俳句の取り合わせが新鮮だった。

「ほのぼのとした俳句だと思いました。この人物に会ってみようと」

 前田に会って伊藤は思った。

「茫洋(ぼうよう)としている。魚でいえば、スタイリッシュではない。フワッとしたマンボウのような人物」

 伊藤は、自社の雑誌「かまくら春秋」でこれまで1千人以上の人物インタビューを行ってきたが、宗教界のトップの多くは、カミソリのような切れ者より、丸みを帯びた人物が多いという。

「その中でも、前田さんにはなんでも相談できそうな、内側からにじみ出てくるものがある。これだけ包容力を感じさせる人は少ない。枢機卿になった最大の理由ではないでしょうか」

 型破りでもある。前田が長崎・平戸の教会にいた時に親交を深めた川上茂次(69)が、平戸市議会議員選挙に保守系候補で出馬した時、信者を前に教会で川上の「必勝祈願ミサ」を行ったのだ。

「この人なら、平和のために尽くしてくれる。弱者のために働いてくれるという人を応援しました。衆議院選挙や市長選、県議選でも同じです。私なりの平和運動でした」(前田)

 信者の了解も得ていた。地方であるほど、神父の影響は大きい。慎重の上に慎重を期した。

「おおらかで度量があって、普通の神父様じゃない。打てば響く受容力のある方でしたね」(川上)

 長崎県南松浦郡新上五島町仲知(ちゅうち)で生まれ育った。「五島の果てなる北の端」と言われる五島列島最北端に近く、小高い山が背骨のように南北に連なる細長い半島の一角。東は五島灘、西には東シナ海。いまでこそ、傾斜地を削り平地にして作った畑や宅地があるが、カトリックの信者だった先祖が住み着いた頃は、もっと厳しい僻遠の地だった。

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