イラスト:オカヤイヅミ
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 先日、午前中に2か所でしなければならない用事があった。用事は11時前に終わって帰ろうとしたのだが、両方でのやりとりが多くて疲れてしまい、これから家で昼食を作るのが億劫になった。そこでたまにはいいだろうと、デパ地下に寄って食材のついでに昼食も買って帰ることにした。

 午前中のデパ地下はまだ空いていて、ゆっくり店内を見られる。美しく並べられた洋菓子のショーウインドーは通り過ぎ、和菓子のコーナーはちらりと横目で眺めつつも、こちらも通り過ぎ、集中レジのある一角で、アボカドやオーガニックの小松菜、ほうれん草をカゴに入れた。私はふだんは鶏肉しか食べないので、精肉売り場に行くと、パック入りのものが並べられていた。しかしできるだけ対面売り場で買いたいので、店員さんに胸肉2枚を量ってもらった。昔は対面でしか商品を買えなかったのに、あっという間に商売の仕方が変わってしまったと思いながら、薄手の包装紙に手際よく包まれた鶏肉を受け取った。

 対面売り場に関しては、編集者から教えてもらった話がある。会社の若い女性社員が結婚し、それまで料理などほとんど作ったことがないのに、これからは彼のために料理を作ろうとはりきっていた。そして近所の商店街にある鮮魚店に行って、

「マグロをください」

 と頼んだ。

「はい、どのくらい?」

 店主のおじさんに聞かれたので、

「うちは2人暮らしだから2匹ください」

 と頼んだ。そのとたん彼が、

「はっ?」

 とびっくりしているのを見て、

「あれっ?」

 と思ったのだが、なぜ相手がそういうリアクションをとったのか理由がわからない。すると店主が笑いをこらえながら、マグロとはどういうものかを親切に教えてくれて、彼女は恥じ入りうつむきながら刺身を買って帰ってきたのだという。

 その話を聞いた編集者も驚いて、

「マグロってどういうものだと思ってたの」

 とたずねたら、

「アジみたいな大きさかと思ってました。だから2人で1匹ずつ、焼いて食べようと思ったんですけど」

 と照れていたらしい。編集者は、

「あらー」

 と苦笑するしかなかったといっていた。新婚のその彼女がどのような食生活の家庭に育ったかはわからないけれど、出版社に就職できるのはそれなりに成績がよい人たちである。そういう彼女が20代後半になるまで、マグロの大きさを知らなかったというのは私にも驚きだった。それまで海中を回遊する映像など、見たこともなかったのだろうか。観ていたとしても、それが食卓にのぼるマグロとは一致しなかったのかもしれない。魚の切り身のキャラクターがあるが、まさかそのままの姿で泳いでいるとは思っていないだろうな、と心配になってきた。

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