フィナンシャル・タイムズ(FT)の名物企画に、「Lunch with the FT(FTと昼食を)」がある。FTのジャーナリストが、ビジネスや文化、科学などの分野の著名人と昼食をとりながら、インタビューをする。何を食べたか値段も載せて毎週土曜日に掲載されている。
スーパーマーケットの籠をつくっていたメーカーだったWPPを世界最大の広告代理店に育て上げたマーティン・ソレルとFT紙のグローバル・メディア・エディターのアレックス・バーカーが、リバーカフェというテムズ川のほとりにあるイタリア料理店でランチをとったのは、2020年12月10日のことだ。アレックスの記事はこう始まる。
<バイ菌野郎、嘘つき、そしてFT紙のつらよごし。マーティン・ソレルは、私のことをこう呼んだ。ところが数日後、そのソレルが私をランチに招待してくれたのだ。えっ? まじ? なんかの間違いじゃない?>
マーティン・ソレルが、アレックスのことを「バイ菌野郎」と痛罵したのには理由がある。FT紙は、その2年前に、ソレルがWPPを去る原因になった経費の私的利用とパワハラについての調査を、WPPの内部情報をもとに詳報したのだった。
記事は容赦のないもので、15年にわたってソレルの運転手を務めていた男性が、突然解雇を言い渡された件に始まり、妻との旅行を会社の経費でまかなっているとの指摘(27万4000ポンドの妻の旅費が会社経費としてつけられていた)、WPPの年次総会の前の晩、メイフェアにある売春の店(50A Shepherd Marketの住所を記事には銘記)に入ったこと、その買春に会社の金を使ったのではないかという疑惑、等々が内部で調査され、それがひきがねになってソレルは、WPPをやめることになった、とする記事だった。
この記事は他の二人の記者が書いたものだったが、ソレルと一緒に働いた25人以上の人物に取材をしていた(ソレルはすべての指摘について否定している)。