戦後初の東大総長、というより時の首相・吉田茂を怒らせ、「曲学阿世の徒」と暴言を吐かせた政治学者というほうが通りがいいか。時代に翻弄されながらも「真善美、それに正義」の頂を目指してひたすらに学究の道を歩んだ南原繁の生涯をたどる。

 内村鑑三に師事し、無教会主義キリスト教徒であり続けたが、多くの教え子を戦場に送り出さざるを得なかった。その苦悩が戦後、南原をして夢想に近い全面講和を掲げさせ、教育基本法の起草にあたり平和と個人の尊厳の尊重を盛り込ませる。

 新渡戸稲造、美濃部達吉、津田左右吉、矢内原忠雄、丸山眞男らとの心の交流も随所に描かれる。人文社会科学系研究の存在意義を問う声が強まる今の時代に、「よりよく生きるための学問」について考えるきっかけを与えてくれる小説だ。(浅井 聡)

週刊朝日  2019年4月12日号