僕らが村で借りた家。庭は広いが家はしょぼい?(撮影/阿部稔哉)
僕らが村で借りた家。庭は広いが家はしょぼい?(撮影/阿部稔哉)

 村暮らしがはじまった。蚊帳のなかで寝るひと晩が明けた。朝食は村のなかにある雑貨屋兼茶屋でミルクティーと、ココナツをまぶしたもち米を買った。

 小さな村である。幅2メートルほどの道の周りに家が並んでいるだけだ。2分も歩くと道が終わり、ナフ川の土手に出る。川の向こうはミャンマーだ。村をひとまわりして不安になってきた。店がないのだ。雑貨屋が4軒。路上に野菜を並べた青空八百屋が1軒。それだけだった。食事はつくるつもりではいた。しかし食堂が1軒もないと心細い。

■村の物価は激安 米は1キロ約67円

 雑貨屋と青空八百屋をまわった。米、油、塩、スパイス、ダイコン、タマネギ、ナス、ミャンマーとタイのインスタント麺……などの食料を買った。そして蚊取り線香と洗剤。米は1キロ50タカ(約67円)。ダイコンは2本で5タカ(約7円)。村の物価は耳を疑うほど安い。合計で344タカ(約458円)。

 借りた家の敷地は200平方メートル以上あった。そこに家とトイレ。広い庭もある。ココナツヤシ、マンゴー、パパイアなどの木が植えられている。なかなか気持ちのいい空間だった。

家を探してくれたチョーバーシンさん。ずいぶん世話になった(撮影/阿部稔哉)
家を探してくれたチョーバーシンさん。ずいぶん世話になった(撮影/阿部稔哉)

 そこに椅子を出して座り、さて、どうしようか……と思っていると、この家に住んでいたおばあさんが現れた。そして庭の落ち葉を掃きはじめた。僕らが借りたことはわかっているのだが、毎朝の日課をこなさないと気がすまないという雰囲気。そのうちに、チョーバーシンさんのところで働いている若者が水を運んできた。この村には水道はないが、向かいのチョーバーシンさんの家には井戸がある。その水を運ぶのは彼の日課だった。僕らとは関係なく、村の人々が助け合い、絡み合って動いていた。

 そうこうしているうちに、おばあさんが木製の臼を庭に出し、もち米を入れ、長さが2メートル近くある杵でつきはじめた。明日の朝食をつくってくれるという。僕も少し手伝ったが、おばあさんとは腰の入れ方と背中のしなりが違う。朝、僕らが店でもち米の朝食を買ったことは、村の人たちは皆知っていた。

 すると、チョーバーシンさんの家の娘さんが昼食を運んできた。インスタント麺ですませるつもりだったのだが。皆、放っておいてくれないのだ。阿部稔哉カメラマンが体調を崩し、寝込んでしまったこともあったのだが。

借りた家の壁は竹。蚊は出入り自由。風通しは抜群ですなぁ、と笑える余裕は3日目ぐらいから(撮影/阿部稔哉)
借りた家の壁は竹。蚊は出入り自由。風通しは抜群ですなぁ、と笑える余裕は3日目ぐらいから(撮影/阿部稔哉)

 庭に断りもなく入ってくるのは、村の外からやってきた物売りや物乞いだった。その日、ベンガル人が竹の籠に魚を入れて売りにきた。近所の人が集まり、小さな魚市場になった。夕飯が気になっていた。野菜はあるが、肉や魚がない。1匹175タカ(約233円)のヒラメのような魚を買おうとすると、村の人から止められた。「高い」という。

「明日も魚売りは来ますか?」

 と聞くと、それはわからないという。

 しだいに村の食生活がわかってきた。食べたい料理をつくるのではなく、売りにきた魚の鮮度と値段でメニューが決まっていく。

暮らしとモノ班 for promotion
ヒッピー、ディスコ、パンク…70年代ファションのリバイバル熱が冷めない今
次のページ
まるで「小学生の料理教室」