お金の余裕はありませんけど、不幸ではないのです」。東京・代々木上原駅前にあった本屋の店主による記録だ。

 狭い店舗ながらも、お薦めの新刊は常時2冊ずつ棚差し。これが店主の最大限のアピールだ。取次会社が書店の仕入れ用に開設する「店売」に日参し、常連客の顔を思い浮かべながら現金仕入れを続けてきた。だからといって「入れておきましたよ」と声かけはしない。

 景気が良かった時代には駅の北と南に店を構えた。経理も担当する弟のほか、2人の正社員がいた。だが、本が売れない時代になり、年中無休ながら夫婦の月収は計20万円ほどに。近くに住む林真理子さんにも惜しまれつつ、潮時だと今年2月に店を閉じた。新書判102頁の薄い本だが、とつとつと語る聞き書きの口調には、厚い本に劣らぬ情趣がある。

週刊朝日  2018年5月25日号