下町メンバー全員が一瞬、動きを止めた。4年前のソチ五輪直前、協力協定を結んでいた日本ボブスレー連盟が、突然態度を変え採用したのがBTCだった。その反省を生かし、ジャマイカ連盟とは平昌(ピヨンチヤン)五輪での下町ソリ使用」を明記した契約書を結び、莫大な違約金も規定し、なによりこの2年間、ともに笑ったり泣いたりしながら五輪を目指してきた。ジャズミンが下町を裏切るなんて、ありえない。

 しかし、ジャズミン選手がBTCのソリで7位に入ると、ジャマイカ連盟は「16日のW杯もBTCで出場する。下町ボブスレーは高速域をもっと伸ばしてほしい」と伝えてきた。五輪で使用するソリの見直しを匂わせている。BTCの白い機体には「JAMAICA」の文字がデザインされ、急に借りたにしては準備がいい。BTCを強烈に勧めているのはジャマイカチームに今シーズンから加わった事務担当者とコーチだった。下町プロジェクトとジャマイカチームの2年間の友情は無視され、ジャズミンは激しい出場権争いのなかでナーバスになっていた。

 ジャズミンを競技に集中させるため契約を盾にした強硬策は打たず、下町プロジェクトは委員長・國廣愛彦とメカニックの鈴木信幸を急遽、オーストリア・インスブルックへ送り、ソリ改良の情報を収集。ジャマイカ連盟のスタッフは、國廣の顔を見ると、オーストリア人技術者のハネス・コンティ氏を紹介しただけでクリスマス休暇に消えていった。比較検討するべきBTCのソリは新コーチがどこかに運んだ後だった。そもそも、下町ボブスレー10号機がない。國廣は同行したメディア記者の助けも借りながら、ドイツ語の通訳を探し、下町10号機がフランクフルトに放置されているのを突き止め、奇跡のような連携プレーでインスブルックへ運んだ。

 コンティ氏は元オーストリア代表のメダリストで、現在は技術者としてソリ開発に携わっており、ジャマイカ連盟の信頼が厚い。中立公正な技術者としてテスト役に指名された。コンティ氏は「良いソリだ」とつぶやくと、下町ボブスレー10号機を自宅のガレージに運び込み、クリスマス返上でセッティング作業とテストを続けてくれた。國廣一行は急いで帰国し、高速域での振動を低減する新たな部品を超特急で仕上げていく。

 1月3日、コンティ氏のリポートが届いた。「下町ボブスレー10号機は、BTCより速い」。下町ボブスレーが世界最速のソリの一台であることが証明された。下町プロジェクトに関わったすべての人々が今、ジャマイカ連盟の説得に取り掛かっている。

 結末は誰にもわからない。それでも最後の最後まであきらめず、全力で夢を追いかける。それが下町ボブスレーだ。

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