安部公房の『カンガルー・ノート』もよく読み返します。足のスネからかいわれ大根が生えてくるというサイケデリックなお話ですが、丁寧に論理的に書かれていて、そのインテリジェンスに嫉妬してしまうんです。
嫉妬心があるといえば、ホラー映画もそう。恐怖って、音楽でどうしても表現できないんです。こわ~い風の音楽は作れるけど、作為的な恐怖は作れない。そこに面白さを感じます。黒沢清監督の「CURE」は精密に作られていて、漂う不穏さがいい。「くるぞくるぞ、きたー」じゃなくて、裏切ることで怖がらせる恐怖は日本独特ですよね。
音楽家目線だと、コーエン兄弟の「オー・ブラザー!」も好きです。刑務所に入った3人が脱獄して、カントリーミュージシャンになる話で、ストーリーもすごく面白いしサントラも素晴らしい。『カンガルー・ノート』を何度も読んだように、何度も見たくなる映画です。
伊丹十三監督の「スーパーの女」も大好きです。生活に根付いている場所を舞台にその商戦だったり、不正なんかも描いていて、それがすごく面白い。さびしいときに見たくなります。
伊丹さんは役者で、コピーライターで、イラストレーターでもあったんです。伊丹一三の名前で活動されて、マイナスをプラスに変えるんだと名前を十三に変えた。そして、51歳で映画監督になられた。僕は今42歳で、いつか自分も映画を撮ってみたいと思ってるんです。伊丹さんの監督デビューと同じ年齢で、山口“十”郎にして撮ったら面白いかな、なんて考えたりします。
(構成/編集部・福井しほ)
■人生を導き、支えてくれた作品
本
○葛藤や悩みを抱えている人に
『アルケミスト 夢を旅した少年』/パウロ・コエーリョ/角川文庫
『石原吉郎全集』/石原吉郎/花神社
『カンガルー・ノート』/安部公房/新潮文庫
映画
○一人さびしいときに見たくなる喜劇
「スーパーの女」/伊丹十三(1996年)/Blu-ray発売中/発売・販売元:東宝/定価5170円(税込み)
「CURE」/黒沢清(1997年)
「オー・ブラザー!」/ジョエル・コーエン(2000年)
※AERA 2023年5月1-8日合併号