霜止出苗(しもやみてなえいずる)。霜が消えて、いよいよ稲の苗が成長をはじめる頃となりました。カッコウは「種まき鳥」とも呼ばれ、農作業の開始時期を知らせにやってくる鳥とされています。ところで、カッコウといえば「托卵(たくらん)」。それは、自分の卵を他の鳥の巣にちゃっかり産みつけて、そのまま巣立ちまでお世話させてしまうという究極の子育て法…しかも、生まれたカッコウのヒナときたら、自分だけがエサをもらえるように仮親の卵やヒナを皆殺しに!! 怖いですね。ずるいですね。そんな、人の目には「ずるくて残忍」に見える鳥の、知られざる苦労にせまります。
この記事の写真をすべて見るヒナは生まれたとたん苦労している
カッコウ科の鳥(ツツドリ、ホトトギスなども)は「托卵(たくらん)」をします。卵のあずけ先(仮親)は、ホトトギスならたいていウグイス、カッコウならモズやオオヨシキリ、セキレイ、ノビタキなど。信州ではオナガも托卵されることがあるそうです。産卵の時期や数の多さ、そして「だまされやすさ」によっても選ばれているらしいです。卵をあずけるといっても、「ひとつよろしく」「承知!」というわけには、もちろんいきません。それぞれの鳥が、種の保存という一大事のために巣作りしていますから…。それでカッコウは托卵を成功させるべく、「だましのテクニック」を駆使するのです。
カッコウは、ねらった巣を辛抱強く見張っていて、親鳥が離れたほんの一瞬の隙に、巣に飛び込みます。卵を1個くわえて抜き取り、すぐさま産卵。たちまち飛び去るのです(取り出した卵は食べちゃうようです)。その間、約10秒。このタイミングを逃さないために、産卵を2〜3時間くらい遅らせることもへっちゃらのようです。
カッコウは卵を体内であらかじめ「抱卵」してから産むので(だから1日おきに産みます)、そのぶん早く孵化します。それでヒナの(おそるべき)初仕事もしやすくなるのですね!
さて、いちばん先に孵ったカッコウのヒナ。仮親がエサをとりにでかけると、まだ目も見えないというのに、卵をひとつ背中に乗せて巣のふちを後ろ向きによじ登り、外へポイッ! なんとカッコウのヒナの背中には、そのためのくぼみがあるのです。そして1個めの卵には足元がふらついても、回を重ねるごとにコツをつかんでスキルアップ。とはいえ、うかうかしていると卵が孵化し、抵抗する兄弟ヒナを背中に担ぐのは至難の技に! 自分が巣から落ちてしまう危険すらあります。この兄弟排除の本能は、4日間ほどで消失します。もしその時点で「始末」を免れた仮親のヒナがいても、やがては成長の速いカッコウのヒナに踏みつぶされるか、エサをもらえず凍え死ぬ確率が高いのです。
こんな鬼畜のようなことをしなければならないのは、体が大きくて「ごはんひとりぶん」では足りないから。ライバルを消したあとは、鳴き声によって「巣立ち前のヒナが複数いる演技」までするというではありませんか。すると「たいへん!お腹を空かせた子がいっぱいだわ!!」とはりきる親鳥。カッコウのヒナの口の中は、鮮やかなオレンジ色。それがさらに親鳥を刺激して、エサをせっせと運ばせるようです。それにしても、こんなに苦労している赤ちゃんは他にいないような…。
仮親、なぜこれでだまされる!?
ウグイスのように色も大きさもよく似ている卵の中に産み落とされたら、見分けがつかなくても無理ないな…と思うのですが、なかには「こんなに見かけが違うのに、普通は気づくでしょ!」と突っ込みたくなる托卵先も。鳥によって、気になるポイントはさまざまなようです。また、「1個抜き取って1個産む」という行為は、別に鳥が「数が合わない。怪しい」となるからそうするわけではなく、単に巣の場所を空けるためともいわれています。
卵が孵ったあとは、さらに不思議。目の前で自分のヒナが落とされても、たいてい仮親は傍観しています。催眠術にでもかかっているのでしょうか? そして、自分の体重の8倍くらいに巨大化したヒナを見ても、親としておかしいとは思わないのでしょうか(巣立ち前ともなれば、親鳥はヒナの背中にとまって、口の中に頭を突っ込まなければエサを食べさせることもできない事態なのに)。とはいえ、人間にもときに信じられないような錯覚が起こり得るもの。超多忙な状態の親鳥にとって、巣の中で叫ぶヒナは自動的に「ひと腹分のわが子」と認識されるのかもしれません。
けれど、ひょっとしてじつは、親鳥はとっくに気づいているのかも…。
人も詐欺にだまされてしまった人の体験談には「自分はぜったいだまされない自信もあったし、これはあやしいと思った。でも、振り込まずにはいられなかった」という心理があるそうです。それに似て「この子はひょっとして? でも、お腹空いたって言うし、食べさせずにはいられない!!」という親の本能のようなものが働いているような気もします。さらには「あらあら。よく食べるからこんなに大きく育っちゃって」などと、ちょっと誇らしい気持ちになっている可能性も?
だますしかないから閑古鳥に?
こんなにいろいろ工夫してだますくらいなら、托卵しないで自分で育てたほうがラクなのでは…とも思ってしまいますが、じつはカッコウは体温の変動が激しいため、卵を温めるのに向いていないから托卵するという説もあります。育ってほしいから自分では育てないなんて、それが事実なら、カッコウはずるいのではなく寂しい鳥なのかもしれませんね。昔の人はカッコウの鳴き声に寂しさを感じ取り、「閑古鳥(かんこどり)」などと呼びました。
カッコウのお腹には、鷹そっくりのシマシマ模様があります。鷹に狙われる可能性を低くし、托卵の相手に正体をバレにくくするために、鷹のフリをしているとも考えられています。武器になるものを何も持っていないカッコウは、自分の弱さをよく知っているのかもしれません。
ところで、ウグイスに育てられたホトトギスは「ホーホケキョ」と覚えたりしないのでしょうか。そしてカッコウは「カッコー」という鳴き方をいつ教わるのでしょう。托卵にはそんな謎も尽きません。そして基本的に、1羽1羽のカッコウは大人になったとき、自分が育ててもらった親の種類を仮親に選ぶのだそうです。これも「親子の絆」なのでしょうか。
<参考>
『カッコウの托卵』ニック・デイヴィス著 中村浩志・永山淳子 訳 (地人書館)
『鳥類図鑑』本山賢司(東京書籍)