みんなご存知、4月1日は「嘘をついて人をだましていい日」=エイプリルフールです。企業PRの話題づくりや、センス自慢の個人による嘘ニュース大会など、けっこう毎年盛り上がりますよね。古くから受け継がれてきたイベントというものは、たいてい信仰や宗教行事、祭事に起源を求められるものですが、ことエイプリルフールに限っては諸説こそあれどどうも決め手になるものがない。そもそも4月1日は日本では年度初日にあたり、インフラ施設・事業の開設や法律の発効が集中する特異日でもあります。その日が「嘘をつく日」でいいんでしょうか?一体いつからこの慣例は定着したのでしょうか。

エイプリルフール…それは喪失感から生まれた?

エイプリルフールの起源についての近年の俗説を並べてみると、多いのはフランス由来であるとするものです。
現在最も有力とされる説もフランス発祥とするもの。ときは16世紀に遡り、当時ヨーロッパキリスト教国で使われていたユリウス暦が、長年の間に実際の天文運航とズレが生じて、ローマ法王グレゴレウス13世により新暦が制定されたことで端を発した、とされます。
説得力があるのは、グレゴリオ暦採用に関係のあるカトリック教国の中で、すぐに新暦を採用したスペインやイタリアなどではなく、新暦採用に難色を示して導入に数年を要したフランスだということです。
では、新暦採用がどうエイプリルフールに関係してくるのでしょう。俗説では「ユリウス暦は元日が4月1日だったのだが、グレゴリオ暦では1月1日に設定された。そのため、反発したフランスの民衆が4月1日にバカ騒ぎをしたため」などと説明されているものもありますが、これは違います。ユリウス暦でも元日は1月1日です。
正しく言えば、暦上では元日は1月1日だけれども、慣習、典礼上正教会では新年を9月としたり、エジプトでは8月を、あるいはローマ人は初代皇帝アウグストゥスの誕生日9月23日を、またカトリック国でも受胎告知日(聖母マリアが天使ガブリエルから神の子の宿りを告げられたとされる日)であり、春分の日である3月25日(受胎告知、春分の日)を一年の始まりとしたりしていました。フランスでは伝統的に復活祭(イースター)を新年の祝日とする習慣が根づいていました。
しかし、新暦グレゴリオ暦の導入とともに、新年元日は1月1日である、という意識づけが行われました。グレゴリオ暦は最新の科学に基づいた精度の高い暦でした。暦の導入は、古い時代意識からの脱皮や変革を強いるものでもありました。そこで、カトリック国の中でも新暦の導入ですったもんだしたフランスで、混乱や反発が起きたであろうことは想像できます。暦の変更や古い慣習の否定への反感や落胆から、「つまらない4月」「ばかげた(うつろな)4月」といった言われ方をし、4月に嘘をつきあってせめて憂さ晴らしする習慣が出来たのかもしれません。
新年の祝日にプレゼントをしあう習慣があったことから、バカげた、空のプレゼントを贈るといういたずらも生じたのだとか。私たちが突然花見禁止令を出され、「以降は水仙を花見とする」とされたらきっと腹を立てるでしょう。きっと何ともいえない喪失感を感じるのではないでしょうか。そうした気持ちがエイプリルフールを生み出したのかもしれません。
April foolのfoolの語源はラテン語の「follis」だといわれます。これは製鉄に使うふいごのことで、ふいごの袋は中が空っぽであることから、頭が空っぽ=ばか者のことをfoolというようになりました。「空のプレゼント」ともつながります。

だけどフランス・イタリアではfoolではなくサカナなのはなぜ?

さて、この「空のプレゼント」の箱の中には、"Le poisson d'avrile"(4月の魚)と書かれたカードが入っていました。これがフランスでのエイプリルフールの呼び名です。なぜ「4月の魚 (Le poisson d'avril)」かと言うと、4月初旬から魚が産卵期に入るため、漁獲が禁止されます。漁獲最終日の4月1日にもかかわらず無収穫で帰ってきた運の悪い漁師をからかって、魚を川に投げ込んで釣らせたのが始まりと言われています。フランスでは他にも、魚の絵を描いた紙を友人の背中に貼るいたずらをしたり、魚の形のケーキを作って食べたりします。
19世紀ごろにはフランスのこの風習もイタリアの猟師町ジェノバに伝わり"pesce d’aprile"(四月の魚・イタリア語でのエイプリルフール)として全土に広がります。
イタリアではこの魚は Sgombro(サワラ)とされていて、4月になるとよく取れるので「バカでもつれる魚」または「すぐ釣られるバカな魚」という意味で、"pesce d’aprile"=サワラということになりました。
フランスやイタリアなどのカトリック国が、なぜfoolではなく「魚」なのか。そのひとつの理由は魚はキリストのシンボルだからともいわれます。4月初旬は伝承によればキリストがエルサレムでとらえられ、ゴルゴダの丘で磔刑となり、三日後によみがえったという一連の出来事があったとされる時期。つまり復活祭の伝説ですね。キリストを売ったことによりキリスト教圏で裏切り者・嘘つきの代名詞であるイスカリオテのユダ、そしてキリストを捕らえた捕縛者たちに「お前もこいつの仲間か」と尋ねられ「いいえ、私は知らない」と嘘をついた一番弟子のペテロの苦い嘘、この故事から嘘をつくイベントが発生したとも考えられています。
嘘を戒めるために嘘を推奨するというのもちょと変な気がしますが、キリストを裏切り、嘘をついた弟子たちのエピソードを心に刻むことにはなるかもしれませんね。

何とスペインではいたずら祭りは12月28日!起源は古代ローマに

スペイン、またラテンアメリカのメキシコ、ベネズエラ、エルサルバドルなどラテン系キリスト教国では12月28日の"El Dia de los santos Inocentes"聖イノセンテの日(幼子殉教者の記念日)。
この日は、聖書の伝承でイエス・キリストの生誕を知ったユダヤ自治区のヘロデ王が、王の座を奪われるのではないかと恐れ、「ベツレヘムの二歳以下の男の子を全員殺せ」と命令し、皆殺しにしたとされる日です。これを祭るのが「幼子殉教者の日」。よくあるのは"inocentada"と書いた白い人型の紙を友人などの背中に気づかれないように貼り、その人が気づいたときに周りがはやし立てるという、まさに小学生レベルのいたずら。フランスの魚の絵とそっくり同じですね。
さらにテレビでは、いたずら番組、ドッキリ番組、嘘ニュースなどが流されるのも、エイプリルフールと同じ。
由来は中世、「聖イノセンテ」の祭事の後、"Fiesta de los locos"(キ○○イ祭り)という暴動的な乱痴気騒ぎが恒例であったために、苦慮した教会が少しでも秩序付けようと企画したとも、あるいは紀元前ローマの冬至前に行われる農神祭「サートゥルナーリア祭」とも言われています。サートゥルナーリア祭は農耕神であり時の神であるサトゥルヌス神を祝って、いけにえを捧げ、期間中は大いに飲み食いし騒ぎ、また社会的地位の逆転が行われました。主人が奴隷となり奴隷が主人として振舞うことが許される、いわば嘘がまこととなる秩序の一時的な緩和もしくはリセットが特徴でした。日本で言えば「無礼講」にあたるのでしょうか。
実はこういう乱痴気祭りは復活祭に先立つ斎戒の四旬節の前に行われる「謝肉祭」つまりカーニバルとも共通しています。クリスマスとイースター、キリスト教にとってはふたつの大きな祝祭の前後には厳しい節制と祈りの時期があり、そしてその前後にその憂さを晴らすようなバカ騒ぎや盛大な祭りが行われることで共通しています。
ですからエイプリルフールも、もとは復活祭に関連した庶民の他愛ないバカ騒ぎの一種だったということなのでしょう。ちなみにスコットランドでは4月の1日と2日の二日間がエイプリルフールですし、「聖イノセンテの日」も楽しんでいるメキシコは3月31日がエイプリル(?)フールです。

今までどんな嘘ニュースがあった?

さて、他愛ないいたずらの日だったエイプリルフールも、18世紀ごろのイギリスから徐々にいたずら、嘘が大仕掛けになっていき、英国放送協会BBCが大々的に嘘ニュースを流すようになって現代のエイプリルフールイベントの皮切りとなりました。よく巷間にのぼり定番の嘘のひとつになっているエイリアン遭遇ネタのもとは1938年にオンエアされた「火星人襲来」。実はそれ自体はハロウィンのラジオドラマでした。
有名なエピソードは1957年の「スイスのスパゲティ農家」で、三分間にもわたりドキュメンタリータッチで木になったスパゲッティを収穫する様子や「今年は不出来でつらい」と言った「生産者」のコメントなどを流したそうです。視聴者には信じた人も多かったらしく、栽培法の問い合わせがあったとか。
1962年、スウェーデンのテレビ局が「ナイロンストッキングをかけるだけで白黒テレビがカラーになります」という嘘ニュースを報道しました。当時スウェーデンではカラー放送はされておらず、「専門家」が登場してプリズム効果やスリット現象などをもっともらしく説明して、テレビ画面にナイロンストッキングをかけて、頭を前後に動かし続けるとカラーに見える、と指導しました。多くの視聴者が頭を前後に動かしていたのだとか。
他にも、「空を飛ぶペンギンが発見される」「床がシースルーの飛行機運用」「ニワトリが四角の卵を産んだ」など、人間の嘘への情熱には感心してしまいます。
でも本当は「その日だけはいいけど他の日は正直にね」というのが本意のはず。他の日は、嘘のない日にしたいものです。