
心の奥底に潜む父の姿
戦争は社会をまるごとのみ込む。戦闘行為が終わっても、その後も長期にわたり心の問題として人々に影響を与え続ける。戦争トラウマは戦地へ行った男性だけでなく、その家族などにも被害を及ぼす。戦後に苦しみを背負ったのは女性たちも同じだ。
18年には「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会(現・PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会)」が発足。その実態がようやく認識され始めた。会合には女性の姿も目立つ。
関西支部メンバーの藤岡さんもここ数年、父のことを語り、父の足取りをたどり始めた。軍歴を取り寄せ、復員してきた舞鶴にも足を運んだ。今年は56年ぶりに父の実家を訪ね、ドキュメンタリー映画の撮影で父が抑留されたシベリアにも行った。
各地を訪ね、心が壊れていても父がよく帰ってきてくれたという思いが湧いた。帰ってこなければ、自分はこの世には存在しないのだから。
ただ、藤岡さん自身、いまもトラウマを抱える。以前、駅前でミストシャワーの「シューッ」という音を耳にしてパニックを起こしたことがある。プロパンガスの音に聞こえたのだ。昨年は、映画を見たとき、映し出される兵士の姿が父に重なり、体が震えだして過呼吸になった。
父の戦争トラウマは、80年を経たいまも、形を変えて藤岡さんの心の奥底に潜む。
いつかは「あんたも大変やったな」と、写真を包んだ黄色いハンカチを解くことができるだろうか。心の底から情愛を込めて「お父ちゃん」と呼べる日がくるだろうか。
藤岡さんはそう願いながら、戦争によるPTSDに翻弄された父と母、家族の歴史に改めて思いを馳せている。
(朝日新聞編集委員・大久保真紀)
※AERA 2025年8月11日-8月18日合併号

ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う (朝日新書)