『エーテルの村』2022年発表。大学生の洋太は友人3人と幼いころに住んでいた村を訪れる。どこか奇妙なその村は人類の夢である「永久機関」の実用化に成功した村だった──。伊藤さんが「近年でもっとも作画に苦労した」という永久機関の構造の描写も必見だ(illustration ジェイアイ/朝日新聞出版)
『エーテルの村』2022年発表。大学生の洋太は友人3人と幼いころに住んでいた村を訪れる。どこか奇妙なその村は人類の夢である「永久機関」の実用化に成功した村だった──。伊藤さんが「近年でもっとも作画に苦労した」という永久機関の構造の描写も必見だ(illustration ジェイアイ/朝日新聞出版)
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 ホラー漫画家の伊藤潤二さん(61)が米・アイズナー賞の殿堂入りを果たした。日本人として9人目、4度の受賞を経ての快挙だ。世界を席巻し続ける恐怖ワールドの創造者は、いま何を思うのか──。AERA 2025年8月4日号より。

【写真】フランス・パリでの「ジャパンエキスポ」に招待された伊藤潤二さん

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 新作の話題も続々と届いている。アニメ第3期となる「伊藤潤二『クリムゾン』」の制作が決定。主題歌を伊藤潤二ファンという松任谷由実が手がけたこともニュースになった。さらにハーマン・メルヴィル原作の『白鯨』をモデルにした新作漫画を準備中だ。

「『ビッグコミックオリジナル』で来年6月からスタート予定で1年ほどの連載です。旧知の編集者のアイデアではじまったのですが、古典作品だしすでに何度も映像化されているので、その通りにやったらつまらないと考えていたらどんどん原作から離れて化け物などがいろいろ出てきてしまって。これはタイトル『白鯨』ではダメだよね、となってきています」

いとう・じゅんじ/1963年、岐阜県出身。2019年に『フランケンシュタイン』、21年に『地獄星レミナ』『伊藤潤二短編集BEST OF BEST』、22年に『死びとの恋わずらい』でアイズナー賞を4度受賞(写真:写真映像部・東川哲也)
いとう・じゅんじ/1963年、岐阜県出身。2019年に『フランケンシュタイン』、21年に『地獄星レミナ』『伊藤潤二短編集BEST OF BEST』、22年に『死びとの恋わずらい』でアイズナー賞を4度受賞(写真:写真映像部・東川哲也)

 今年2月の取材時に「いま怖いものはAI画像」と言っていた伊藤さん。いまはどうだろう。

「相変わらずAI画像が怖いですね。しかもウソか本当か見分けのつかないものが怖い。AI画像だけでなく、最近はあるデモの映像を別のデモの映像として使ってヘイトをあおるようなこともありますよね。こうした状況は非常に恐ろしいなと思います」

 未知のものの奥にある人や社会の悪意が見えたとき、それはより深い恐怖につながる。

「でも基本的に子どものころから怖いものは変わらないです。心霊写真を見るといまだにトイレに行きたくないなあと思う。結局、生き物は命を脅かされたり、そういう気配を感じたりするものを怖いと思うのだと思います」

7月3~6日、フランス・パリでの「ジャパンエキスポ」に招待された伊藤さん(中央)。サイン会やライブドローイングでファンと交流した(写真:朝日新聞出版)
7月3~6日、フランス・パリでの「ジャパンエキスポ」に招待された伊藤さん(中央)。サイン会やライブドローイングでファンと交流した(写真:朝日新聞出版)

ギーガーとエイリアン

 この世から不思議や恐怖がなくなることはなく、伊藤さんの仕事も続いていく。

「体力的にはだいぶつらくなってきましたが、まだまだ現役で描いていらっしゃる先輩もいるので勇気をもらっています。そうそう、パリのジャパンエキスポのあと、スイスでH・R・ギーガーのミュージアムに連れて行ってもらったんです。(SF映画の)『エイリアン』の立体作品などもあって、ギーガーの奥さまにもご挨拶できるということで、手ぶらでは行けないのでプレゼント用に絵を描きました。ギーガーとエイリアンが仲良くしている絵で、1日半くらいかけて描き込んじゃいました。でも担当編集者に怒られるかもしれないな。仕事してくださいって(笑)」

 好奇心もユーモアもサービス精神もまだまだ衰え知らずな伊藤さんなのだった。

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2025年8月4日号より抜粋

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